中外製薬<4519>は、1925年創業、2025年に創業100周年を迎えた医療用医薬品メーカーである。2002年に世界的な製薬企業のロシュ社と戦略的提携を開始し、ロシュ・グループの一員となった。ただ、一般的な合併にあるような社名・代表者の変更はなく、経営の独立性を保つことが合意されている。同社の売上収益は、独自の抗体エンジニアリング技術を軸とした自社創薬品のロシュ社向け輸出およびロイヤリティ・プロフィットシェア収入等の海外の売上収益、並びにロシュ社が開発した医薬品の国内独占販売権に基づく国内の売上収益の2本柱で構成される。2025年12月期の連結売上収益1兆2,579億円のうち、海外製商品売上高は6,054億円(前期比12.8%増)、ロイヤリティ&プロフィットシェア収入は1,727億円(同17.2%増)に達し、ロシュ社向け輸出とロイヤリティが業績拡大を牽引する構造となっている。
同社の根源的な強みは、独自のサイエンス力・技術力を核とする創薬力と、ロシュ社との戦略的提携を組み合わせた独自のビジネスモデルにある。ロシュ社が日本で医薬品を開発する際に同社が第一選択権を持ち、開発リスクを抑えつつ国内で安定的な収益を確保できる。自社創製品は早期の概念実証までを同社が担い、その後はロシュ社がグローバルで後期臨床開発を担い、グローバルの販売インフラを通じて世界展開する分業体制が、研究開発リスクとグローバル展開力の両立を可能にしている。また、ロシュ社との提携は、他社が容易に模倣できない高収益構造も生んでいる。ロイヤリティ収入やマイルストーン収入はその全額が利益となり、自社製造品の輸出も利益率が高い。加えてロシュ社の販売網を活用することで自社の販売費・一般管理費が相対的に軽くなり、2025年12月期の営業利益率(Core)は49.5%と国内製薬大手のなかで突出した水準にある。さらに、ロシュ社からの導入品増加による売上原価率の上昇を見据え、コスト削減施策の徹底により、国内同業他社はもとより、世界の大手製薬企業と比較しても遜色ない経費率を実現。同社独自の強みは、独自の抗体エンジニアリング技術を核とする「技術ドリブン」の創薬力にある。重点疾患領域を定めて治療薬を開発する一般的なアプローチと異なり、同社は独自技術を起点にアンメット・メディカルニーズの解決に繋がる価値ある薬を生み出せる疾患を探す。二重特異性抗体やリサイクリング抗体といった独自設計により、既存薬では届きにくい治療価値を創出する点が差別化要因となる。同社の技術力あってこそ、ロシュ社との連携でも好循環を生んでいるように想像できる。
2026年12月期第1四半期の業績(Core)は、売上収益3,217億円(前年同期比11.5%増)、営業利益1,633億円(同17.1%増)と増収2桁増益の好スタートとなった。国内売上は、薬価改定、後発品浸透の影響を受けたものの、主力品(バビースモ、ヘムライブラ、ポライビー、フェスゴ)、新製品(ルンスミオ)が伸長した。海外売上は、輸出単価減少の影響はあったものの、主にロシュ向け輸出のヘムライブラ、ガルデルマ向けのNEMLUVIOの大幅な数量増加や為替影響により、前年比で増加した。2026年12月期通期予想は売上収益1兆3,450億円(前期比6.9%増)、コア営業利益6,700億円(同7.5%増)を見込む。
直近は、自社で創製したグローバル品が収益貢献の裾野を広げている。最重要製品は血友病A治療薬「ヘムライブラ」で、ロシュ社の世界販売網を通じて100カ国以上で展開され、海外での数量増を背景に成長が続く。同社はその後継となる次世代血友病A治療薬「NXT007」の開発を進めており、有効性や投与間隔の延長など利便性を一段と高めた製品として2026年に第III相試験を開始する計画である。また、アトピー性皮膚炎などを対象とする自社創製品「ネモリズマブ(NEMLUVIO)」が、導出先のガルデルマ社向け輸出とロイヤリティ収入の増加で足元業績を牽引。NEMLUVIOはガルデルマに導出された抗IL-31受容体A抗体であり、アトピー性皮膚炎や結節性痒疹を中心にグローバル展開が進む。ガルデルマがNEMLUVIOのピークセールス予想を20億米ドル超から40億米ドル超へ引き上げており、米国における新規患者処方シェアが結節性痒疹で約39%、アトピー性皮膚炎で約8%となったことから、今後も継続的な収益拡大が想定できよう。加えて、同社が創製し2018年にイーライ・リリー社へ全世界の開発販売権を導出した経口GLP-1受容体作動薬「オルホルグリプロン(Foundayo)」が、2026年4月に米国で肥満症の適応で承認された。Foundayoは、食事や飲水の制限なく服用可能な1日1回投与の経口GLP-1受容体作動薬として、肥満症治療薬として米国で承認・発売され、欧州を含む40を超える国々で肥満症や2型糖尿病を対象に承認申請中。世界初の経口低分子GLP-1受容体作動薬として、同社はマイルストーン収入とロイヤリティ収入を得る見込みで、今後の収益貢献が注目される。
同社は長期成長戦略「TOP I 2030」のもと、2030年に「ヘルスケア産業のトップイノベーター」となることを掲げ、「R&Dアウトプットの倍増」と「自社グローバル品の毎年上市」を目標としている。早期開発への集中投資により初期パイプラインは厚みを増しており、開発の継続・中止を判断する基準をあらかじめ設定して臨床第I相のスピードを高めるなど、開発プロセスの改革も進めている。さらに、抗体と低分子の長所を併せ持ち、細胞内の標的にも作用しながら経口投与が可能な「中分子」医薬の創製にも独自に取り組む。低分子と抗体がこれまでアプローチできなかった課題を解決できる可能性が期待されており、アンメット・メディカルニーズに応えるポテンシャルを秘めた次世代の創薬技術として注目を集めている。そのほか、AIを用いた抗体創薬支援技術「MALEXA」やデジタル戦略「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」のもと、AIなどのデジタル技術を活用し、医薬品開発の成功確率向上や創薬プロセスの時間・コストの大幅な短縮を目指す。
株主還元では、2025年12月期は創業100周年記念配当を含む年272円を実施し、2026年12月期は記念配当のない通常水準として、普通配当ベースで年132円(前期比10円増)を予想。ROE20%超、営業利益率(Core)49.5%という高い資本効率を反映し、PBRは国内製薬で突出して高い水準にある。
決算発表後の株価下落は、1Q決算そのものよりも、Foundayoの米国発売初期における処方箋動向が材料視された可能性がある。発売初期の米国処方箋データが短期的な株価材料として意識されたようだが、Foundayoは発売直後の製品であり、初週の処方箋動向のみで中長期の売上ポテンシャルを判断するのは時期尚早と考えられる。むしろ、同剤は導出先であるイーライ・リリーの販売力を活用できること、肥満症・2型糖尿病という巨大市場を対象としていることから、今後の処方箋推移や保険カバレッジの広がりが同社の中長期業績を見るうえで重要な確認ポイントとなる。取材でも、会社側はFoundayoの売上見通しや米国処方箋動向を重要なファクターとして認識しており、個人投資家にとっても注目すべき論点であることが確認された。
総じて、中外製薬はロシュ社との戦略的アライアンスと独自の抗体エンジニアリング技術を基盤に、過去最高益を更新する高収益体質を確立している。中長期では、ヘムライブラに続くNXT007やNEMLUVIO、経口GLP-1薬Foundayoといった自社創製グローバル品の収益貢献が成長を支えるシナリオとなる。創業100周年を経て次の成長フェーズに入った同社の今後の動向に注目しておきたい。
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