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なぜ若い「FIRE」信奉者は才能をドブに捨てるのか?ドケチ生活で失う経験値と稼ぐ力=午堂登紀雄

「FIRE」は難しくない

でも実は、FIREそのものは簡単です。

地方に行けば家は余っていますから、古い庭付き戸建てを激安価格で買えます。数十万円とかタダで譲ってくれる場合もある。当然ながら固定資産税も安い。

それをオール電化仕様にして太陽光発電システム+蓄電池を設置すれば光熱費はほぼゼロ、余った電気は売って収入にできます(蓄電池は補助金が出る自治体もあります)。雨水浄化槽をつければ水道代も安くできる(設置の補助金が出る自治体もあります)。

時間も余っているでしょうから、ホームセンターで部材を買ってきて自分で家のリフォームをする。やり方はネット上に動画が無数にアップされています。

庭の家庭菜園で野菜を作れば食費も浮きますし、地方では近所の農家が野菜を融通し合う風習もあります。ニワトリを飼えばタマゴも調達できる。マイカーは必要ですが、ほとんどのモノは通販で手に入ります。

一人暮らしで贅沢しなければ生活費は月10万円もかからないでしょうから、年金プラスアルファくらいで生活できます。ならば、ひとまず年金受給開始年齢まで持ちこたえればいい。

これなら1億円も必要ない。簡単でしょう?

FIREは「稼ぐ力」を付けてからの方が楽しい

でも、こんなことは、自分の可能性を探って才能を発揮できるようになってからでもいいように思います。

実際、地方移住している人は起業家とかネットでビジネスをしている人で、たとえば近所の古民家を買って地域のイベント会場にするなどして、地元の人と協力して町おこしや起業家を呼び込むビジネスを仕掛けている人もいます。こういう人はどこにいてもどんな状況でもビジネスモデルを創り出すことができる。

つまり、稼ぐ力量をつけてからの方が楽しいですよ、という話です。

そういうわけで、仕事をある程度やり切ったという人がFIREを目指す分にはむしろ充実・発展する可能性があると思います。なぜならそういう人がFIREしても、退屈になり自分で事業を興すことが多いなど、次の課題や挑戦する分野が見つかりやすいからです。

あるいは、かつての上司や同僚や取引先から声がかかり、「このプロジェクトに参加しないか」「一緒にやらないか」「こういうことをお願いできないか」などと新しいビジネスに誘われることもあります。

するとリタイヤ後の生活もそれなりに充実する。仕事も人生も楽しいと感じる。人生は自分次第で自由にデザインできるのだと実感でき、心も自由になる。酸いも甘いも経験してきたからこそ、自分の生き方に納得できる。

しかし、能力も経験も人脈も不充分で不完全燃焼の人がFIREしても、そういうものが見つかったり声をかけてもらえるような展望が想像しにくい。そもそも本業で活躍していない人にまともな人脈などできようもないですし。

仕事の面白さやダイナミズムを経験せず不満や閉塞感や窮屈感を抱えたままリタイヤして、人生は自由にデザインできるという希望や可能性を持てるのだろうか。物理的には自由だとしても、精神も自由になれるのだろうか。

株でも何でもどうせやるなら1億円とは言わず2憶円・3億円と稼げば、そのスキルやノウハウを出版・講演・You Tuber・オンラインサロンなどでマネタイズして活躍できると思いますが、そこまでの気力もないでしょう。

すると、FIREしても「ただ生きるだけ」という、家で飼っているワンちゃんネコちゃんと同じような生活になりそうな感じがする。仮に40歳でFIREして90歳まで生きれば、あと50年をそういう生活になるのでしょうか…。

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