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日本を駄目にした財務省の罪~消費増税を主張し続けた麻生大臣の真意は=三橋貴明

日本を駄目にした1997年の消費増税

麻生財務大臣の進言通り、日本国をデフレに叩き込んだのは、97年(平成9年)の橋本政権の消費増税強行でした。

週刊アサヒ芸能の連載『三橋貴明の列島丸わかり報告書』で書いているのですが、財務省は大蔵省時代から主流派経済学的、新自由主義的な「財政均衡主義」に固執し、大蔵省が財務省に変わった際に、財務省設置法に「任務(略)健全な財政の確保」を突っ込みました。

財務省は、中央省庁等改革基本法を根拠法として、2001年1月6日に大蔵省が改編される形で発足しました。中央省庁等改革基本法は、1997年12月3日の行政改革会議の最終報告の趣旨に則り、制定されたものになります。

行政改革会議は、1996年11月21日から98年6月30日まで総理府に設置された会議です。目的は、ずばり中央省庁再編です。行政改革会議の資料を見ると、97年5月14日、21日に大蔵省が提出した資料の中に、以下の記述がありました。

(1)財政構造改革 財政構造の改革は、行政のスリム化・効率化を推進するという観点では、行政改革と方向性を同じくするものと考える。現在、我が国財政は主要先進国中最悪といえる状況となっており、高齢化社会の下で現在の財政構造を放置し、財政赤字の拡大を招けば、国民経済自体の破綻を招く可能性が高い。

今後の高齢化の一層の進展を見据え、21世紀の活力ある豊かな国民生活を実現するとともに、次世代に対する責任を果たすために、財政健全化目標を定めるとともに、徹底した歳出全体の見直しを行うなど、財政構造改革を強力に推進しているところである。

何のことはない。財務省設置法の財務省の任務に「健全な財政の確保」を追加するべく働きかけたのは、大蔵省自身なのです。当時の大蔵省は、橋本政権が推進する行政改革を「利用」し、新生財務省の任務に「財政健全化」を加えたのです。

緊縮財政を強行した財務省(旧大蔵省)の罪

彼ら、アメリカで主流派経済学の「財政均衡主義」の教育を受けた大蔵官僚たちが、武村正義に代表されるポピュリズム的な「公共事業否定派」と連携し、我が国に存在しない財政破綻論が広まっていきます。

ちなみに、武村正義(当時は大蔵大臣)が中央公論に、『このままでは国が滅ぶ-私の財政再建論-』なる刺激的なタイトルの寄稿をしたのは、1996年のことです。その前年、95年11月国会において、武村正義は大蔵大臣として「財政破綻宣言」をしています。

日本で急速に「財政破綻論」が広まっていきます。

最終的には、97年の消費税増税、公共投資削減というバブル崩壊後には決してやってはならない緊縮財政が強行され、我が国はデフレに突っ込みました。

Next: マスコミを黙らせてきた財務省の記者クラブ「財政研究会」

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