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資本に媚びすぎた日本の失敗。なぜ日本経済は世界トップから「中進国」に成り下がったのか=斎藤満

かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」から一転して凋落を続ける日本経済。この30年余りの間に世界のトップクラスから「中進国」に成り下がった背景に何があったのでしょうか。(『 マンさんの経済あらかると マンさんの経済あらかると 』斎藤満)

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※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2024年5月13日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

日本的経営の強さを自ら放棄

かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」から一転して凋落を続ける日本経済。GDPがドイツにも抜かれて世界4位に後退したことに危機感が見られませんが、1人あたりGDPが昨年で34位(IMF調べ)に後退、韓国、台湾がこれに肉薄しています。

日本がこの30年余りの間に世界のトップクラスから「中進国」に成り下がった背景に何があったのでしょうか。

結論を先取りすれば、世界から恐れられていた「日本的経営」の強さを、日本が自ら放棄してしまったことです。日本的経営の特色、そして強みでもあったのは「企業別労働組合」「終身雇用」「年功序列」で、これは日本的経営の「3種の神器」とも呼ばれています。

これは長期雇用を前提とし、企業から見ても労働者から見ても長期安定要因になっていました。企業別組合はしばしば「御用組合」と呼ばれ、組合幹部はその後人事、企画の要職に就き、経営幹部になるケースが多くみられました。その分、経営と労働が一体化していたわけで、社内教育、幹部候補生の育成にも役立ちました。

労働者からすれば、定年退職までの職が保証され、結婚、子育て、家の購入などの生涯設計も容易で、将来不安はほとんどなく、安定を得ることができました。その中で結婚件数、出生数は高水準を維持していました。

また労働者からは「わが社」「うちの会社」という言葉が普通に聞かれ、ロイヤリティが高く、生産性を高める要素にもなりました。そして1980年代にはその成果が表れ、80年代末には株式時価総額で世界のトップ10の過半を、NTTや邦銀など日本企業が占拠するまでになりました。

当然、米国など世界は日本脅威論を強め、日本企業を縛る規制、ルールを次から次へと出してきました。特に圧倒的な強さを見せた日本の銀行に対して、BIS規制による資本規制を強化し、また半導体規制、自動車の輸出規制などで日本企業の手足を縛ることまでしました。

日本的経営つぶし

折しも、1990年に株バブルが、91年には不動産バブルがはじけ、日本は経済不振に陥りました。これに対して、米国で学んできた学者、エコノミストが相次いで不況の原因を日本的経営の硬直性にあると批判しました。組織の硬直性で競争力が低下し、時代の変化について行けないといい、年長者のコスト高を指摘するようになりました。

彼らは日本的経営の弱点を指摘し、特に年功序列、終身雇用制が企業の組織硬直性、人件費コスト高による競争力の低下要因と、やり玉にあげました。バブル後の景気悪化は必ずしも日本的経営の負担によるものではなく、資産デフレによる需要の急減、信用の縮小によるもので説明がつくのですが、米国はここぞとばかりに毎年「年次改革要望書」を日本に突きつけ、構造改革と称して日本を骨抜きにしてきました。

政治献金をしてくれる財界に媚びを売る政府は、米国帰りの学者、エコノミストを重用し、日本の雇用制度を瓦解させ、中途採用の活用、非正規雇用の積極利用を通じて、いつでも人を切れるようにし、必要な時だけ採用できるようにして固定費だった人件費の変動費化を進めました。

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