中国にとって「安い」とは何か?
中国の洋食レストランの歴史は1990年のピザハットから始まったと言っても過言ではありません。
1987年には北京市の前門にKFC(ケンタッキーフライドチキン)がオープンし、1990年に同じく北京市の東直門にピザハットがオープンします。現在、米国や日本のピザハットは宅配ピザのチェーンになっていますが、以前は郊外型レストランを試みた時代があって、日本でも一時期レストラン業態を展開していたそうです。中国では、この業態が成功をし、現在でもピザハットはイタリアンレストランとして3,312店舗を展開しています。
KFCもピザハットも、国際価格に準じたために、中国では必然的に高級レストランになりました。KFC、ピザハットはいずれも米国のヤム・ブランズの運営で、現在は百勝中国(ヤム・チャイナ)が運営をしています。
今、40代以上の人に話を聞くと、子どもの頃、KFCには誕生日などの特別な日でなければ連れていってもらえなかったと口をそろえます。ピザハットはさらに高級で、多くの人が、ナイフとフォークで食事をするのはピザハットが初めてだったそうです。ネクタイをしていないと入ってはいけないような空気感があったと言います。
国家統計局の企業の平均給与の統計は、2000年以降のデータが掲載されていますが、2000年の年平均給与は9,333元で、2023年は12万698元になっています。12.3倍になっています。
他の資料によると、1990年の平均給与は2,140元だったそうです。つまり、56.4倍になっているのです。当時のピザハットの価格がどのくらいかはわかりませんが、開店当初は「普通の人の月給の6分の1程度」という記述があるので、客単価は350元程度だったと思われます。これは現在の価値に直すと、350×56.4=1.97万元(約43万円)になってしまいます。これはさすがに大袈裟でしょうが、相当な高級レストランであることは間違いありません。「ネクタイ着用で行く」というのもうなづけます。
KFCもピザハットも、中国の経済成長とともに客単価を下げ、カジュアル化を進めてきました。それに伴い、今まで行きたくても行けなかった人が行けるようになり、これにより両チェーンは成長をしてきました。
KFCは現在、客単価が34元にまで下がっています。完全にファストフードの価格帯です。一方、ピザハットは76元であり、かなり高めのレストランです。と言っても、イタリア料理はオーナーシェフの店もでき始め、中にはミシュランの星を取るような店も今ではあります。しかし、そのような店は客単価200元以上で、500元を超える高級店も少なくありません。
ところが、今、経済の低迷により、客単価の高い飲食店から閉店、倒産の波が襲っています。特に500元を超える高級店は壊滅状態で、ミシュランの星を取るような飲食店であっても倒産、閉店が続いています。残っているのは、200元前後のオーナーシェフの店です。このような飲食店は、価格は高くてもそれに見合うだけの品質の料理を提供し、納得のいくコストパフォーマンスを出している店です。
日本でも客単価1万円前後の飲食店は意外に強いものです。確かに気軽に行ける価格帯ではありませんが、その価格を出すだけの価値がある店だと認識されているため、固定ファンがついています。個人経営の飲食店であれば1日20組ぐらいの客がいれば、じゅうぶん営業を続けていくことができます。
いわゆる常連客を大切にするために、メディアに露出をせず、一見さんも積極的には歓迎しないというお店です。中国でもこの手の飲食店は、経済低迷の影響を受けずに安定した運営ができています。
このような変化により、ピザハットのポジションが難しくなってきました。客単価76元は、確かに200元の店と比べれば安いことは間違いありません。しかし、200元の店と味を比べるとやはり物足りなさを感じてしまうのです。
SNSを見ていたら「ピザハットのピザは偽物」という書き込みがありました。おそらく、イタリアのピザの生地は薄くクリスピーなのに、ピザハットのピザ生地が厚みがあることを言っているのだと思います。ピザハットは米国のピザなので、ピザ生地に厚みがあるのは米国流なのですが、200元以上のイタリア料理店でミラノピザを知ってしまうと、物足りなさや違和感を感じてしまうのだと思います。
一方、サイゼリヤが2003年に中国に進出し、2010年代半ばに急速に拡大を始めました。ピザハットの半分の価格で、イタリア料理が食べられるチェーンが登場したことになります。
つまり、ピザハットは下はサイゼリヤが追い上げられ、上にはオーナーシェフの本格的なイタリア料理店があり、間に挟まれ、上にも下にも客を奪われることになってしまったのです。