自民党は参議院選挙の公約に、3%の名目賃金上昇率を確保し、2030年に賃金100万円増を達成することを入れました。しかし、賃上げを政権公約に入れることはそもそも無理があり、その副作用としての物価高がより大きな問題になります。かつて池田内閣が所得倍増計画をうたい、実現したことに倣ったようですが、当時は高度成長真っ盛りで、何もしなくても所得は倍になりました。賃上げにはパイの成長が必要ですが――。(『 マンさんの経済あらかると マンさんの経済あらかると 』斎藤満)
※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2025年7月7日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
容易でない公約実現
政府自民党の賃金公約は、かなりハードルが高く、簡単には実現しません。
そもそも、3%の名目賃金増も、最近10年間を見る限り実現したことがありません。政府が「30数年ふりの大幅賃上げ」を自負したこの2年間の賃金を見ても、令和5年が1.2%増、令和6年が2.8%増で、今年になってからの5か月でも前年比2%増にとどまっています。直近5月は前年比1.0%増にとどまっています。
世情では5%台の大幅賃上げと言われながら、現実の名目賃金は3%も増えていない状況からすると定期昇給分が大きく、3%の賃上げを実現するには定昇込みで6%以上の「春闘賃上げ」が必要になります。
つまり、この2年よりさらに大幅な賃上げが必要ということになります。トランプ関税で世界的に景気の不透明感が強まる中で、賃上げの加速は可能でしょうか。
しかも、2030年に100万円の賃金増をうたいますが、現在2025年なので2030年に100万円の賃金増を実現するには、年3%の賃金増では間に合いません。国税庁の「民間給与実態調査」によると、直近令和5年の平均給与は年間460万円です。この内訳は「正規労働」が530万円、それ以外が202万円です。
460万円から5年で100万円増、つまり560万円にするには、年平均4%の賃金増が必要です。年収530年円の正規労働者でも毎年3%の賃上げでは、5年後には84万円増の614万円どまりです。年間202万円の非正規労働者が100万円増やすには毎年9%近い賃上げが必要になります。
5年で賃金を100万円増やすことは、容易ではありません。
賃上げの副作用物価高
実質賃金の計算に使われる消費者物価は、支出実体のない帰属家賃を除いたもので、これは従来年間ゼロ%台前半の低い上昇でした。
これが令和4年から突然3%、3.8%、3.2%という高い上昇になりました。今年になってからは4.3%にさらに加速しています。当初は円安資源高による輸入インフレでしたが、これが収まった後も3%以上の高い物価上昇が続いています。
これは国内の賃金コスト上昇分の価格転嫁が加わったことによるもので、日本のインフレはすでに「輸入インフレ」から「国産インフレ」に変わっています。
政府は物価上昇を上回る賃上げを目指していますが、現実には企業が賃上げによるコスト増をカバーする値上げを行い、「賃金物価の悪循環」が起きています。
トリクル・ダウンは幻想だった
また政府がこれまで「拠り所」としてきた考え方が間違っていたことがはっきりしています。つまり、かつての安倍政権が象徴的でしたが、政府には「企業を儲けさせれば、必ず労働者にそのおこぼれが回ってくる」という「トリクル・ダウン」の考えが前提としてありました。
ところが、企業収益は過去最高益を更新し続ける中で、労働者の賃金は90年代からの30年間、まったく増えない状況が続きました。これは世界でも異例のことでした。名目賃金が増えなかったため、実質賃金はこの間2割近くも減少していました。






