半導体材料(電子材料)事業の現状:AI需要は本当に「救い」なのか
塩ビ事業が苦戦する一方で、もう一つの柱である「電子材料(半導体)事業」はどうでしょうか。
こちらの売上高は前年同期比で6%伸びており、一見するとAIブームの恩恵を受けているように見えます。
しかし、利益に目を向けると、こちらも前年を若干下回る「増収減益」に近い着地となっています。
この利益が伸び悩んでいる最大の理由は、2025年4月から本格稼働を始めた新工場に関連する先行コストです。
特に減価償却費の計上方法として、初期に重く費用がかかる「定立法」を採用していることが、立ち上げ時期の利益を圧迫していると推察されます。
また、投資家が注意すべき点として、AI需要のインパクトがまだ限定的であるという事実があります。
シリコンウエハの需要は「面積ベース」で決まります。AI向けの半導体は確かに高付加価値ですが、ウエハ全体の使用量に占めるAI向けはまだ1桁パーセント程度に過ぎません。
スマホや民生機器といった圧倒的なボリュームゾーンを持つ他用途が回復しない限り、AIだけの伸びでは会社全体の業績を劇的に押し上げるまでには至らないのです。
日本の化学メーカーが「半導体部材」で世界を圧倒する歴史的背景
ここで視点を広げて、なぜ日本企業がこれほど半導体部材に強いのかを考えてみましょう。
それは日本の化学産業が歩んできた進化の歴史に答えがあります。
戦前の化学メーカーは、綿や絹といった繊維加工、肥料、ガラス、石鹸など、生活必需品の国産化が主な目的でした。
戦後の高度経済成長期に入ると、大量生産型の石油化学が主流となり、プラスチックや自動車部品、水道管などの需要が一気に高まりました。
現在の大手メーカーの多くはこの時期に誕生し、規模を拡大させてきたのです。
しかし、その後、中国をはじめとする新興国が安価な大量生産技術を身につけると、日本企業は価格競争で太刀打ちできなくなりました。
そこで日本企業は、一足早く「高付加価値な化学(スペシャリティケミカル)」へと舵を切りました。
自動車の軽量化部品や、精密機器向けの特殊材料、そして半導体向けの超高純度材料など、模倣が困難で高度な技術を要する分野に軸足を移したことが、現在の強さの源泉となっています。
信越化学の強さを支える「多岐にわたる技術ノウハウ」
このスペシャリティケミカルへの転換の先駆者が信越化学です。
同社は長年にわたる研究開発を通じて、極めて多岐にわたる技術ノウハウを積み上げてきました。
例えば、不純物を極限まで取り除く「粉体調整技術」や、素材を単結晶化させる技術などは、半導体シリコンウエハの製造において他社の追随を許さない競争力を生んでいます。
かつての化学メーカーは、汎用品を薄利多売する「設備投資が重く業績が不安定な業界」という低い評価(低PER)をされていました。
しかし信越化学は、いち早く資本効率(ROE)の高い事業に特化し、日本企業のロールモデルとなりました。
現在、多くの日本メーカーがこの「信越モデル」を手本に、利益率の高い特定分野へ特化することで、世界中の半導体サプライチェーンから「なくてはならない存在」としてスポットライトを浴びているのです。
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