2017年流行語大賞「忖度(そんたく)」に思うこと。伝統の意義と謙虚さ=施光恒

記事提供:『三橋貴明の「新」経世済民新聞』2017年12月8日号(伝統の意義と謙虚さ)より
※本記事のタイトル・リード・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

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現代日本人が失いつつある「言葉にできない大切な価値」とは?

2017年の流行語大賞に「忖度」

やっぱり、今年の流行語大賞に「忖度(そんたく)」が入りましたね。

森友学園の問題以降、「忖度」という言葉をメディアで頻繁に聞くようになりました。最近「忖度」は、悪い意味を込めて使われています。「権威ある相手におもねって、その意をくみ取る」というような意味で用いられる場合がほとんどとなっています。

ですが、もともとは「忖度」という言葉に特段に悪い意味はありません。国語辞典をみると、「(相手の気持ちを)おしはかること。推測」という語釈が掲載されています(『三省堂国語辞典』より)。つまり、他者の気持ちを推測し、おもんぱかるということです。悪い意味どころか、むしろ「思いやり」「やさしさ」など日本人が伝統的に大切にしてきた道徳に密接な関係を持つ語なのです。

政権批判と絡めて使う最近の用法のおかげで、「忖度」という言葉のイメージがすっかり悪化してしまいました。その影響で、日本の古くからの道徳意識そのものにも悪いイメージが付着してしまわないかと心配になります。

私は、「忖度=権威者におもねり、その意図を汲むこと」という使い方をし、マスコミを中心に面白がっている風潮がどうも好きになれません。

「忖度」やその背景にある「他者の心を推し量ること」を重視する日本の伝統的な道徳意識は、ムラ社会的で遅れた、劣ったものだとする冷笑を奥底に感じるからです。

ですが、「忖度」やその背景にある日本の伝統的な道徳意識は、決して劣ったものではなく、また豊かな可能性を含み持つものなのです。

(この点については、以前、本メルマガで書きました。以下をご覧ください)
【施 光恒】「『忖度』を悪者扱いするなかれ」(『新・経世済民新聞』2017年9月1日付)
https://38news.jp/economy/11015

文化を言語化してこなかった日本人

日本人はもともと頭でっかちに「ことあげ(言葉によって明確にすること)」を嫌う性質があるためか、自分たちの文化や慣習の意義をきちんと知的に(つまり言語化して)理解してこなかった面があります。日本人の間では、日ごろのなじみぶかい文化や慣習はごく日常のものですし、それに対して漠然と愛着を感じている場合が多いのであまり問題は生じません。

しかし、知的に理解していない分、文化や慣習のある側面について外国人などに疑問を投げかけられたり、批判されたりすると、その意義をうまく説明できず、そうした文化や慣習を遅れたもの、劣ったものだと考えてしまう場合が少なくないようです。下手をすると、その結果、そうした文化や慣習を「改革すべきだ!」となってしまいます。

例えば、「忖度」の場合だと、「他者の心を推し量ることを中心とする日本の道徳意識は改めるべきだ。小学校からディベート教育を大規模に導入すべきだ!」とかにつながりがちです。

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