後遺症その1:ブランド価値を落とした「新車の値下げ」
1つは、ゴーン氏の過大な目標の反動です。
当時の目標というと、とにかくたくさん台数を売って売上をどんどん伸ばしていこうという戦略をとっていました。
しかしながら、このゴーン氏のやり方というのは、とにかく目先の収益目先の売り上げを追うものでしたから、高い目標を掲げたら、厳しいゴーン氏なので、部下の人たちはそれを達成するために何とかやっていかなければなりません。そうなった時にとりうる手法としては、ひとつ販売奨励金があり、ディーラーに売れたらいくら払いますよというような形で、この販売奨励金を積み増したのです。
販売奨励金は最終的には自動車の販売価格において値下げの原資となりますから、販売奨励金を積み増せば積み増すほど、新車が値下げして売られるということになります。
これを繰り返した結果、日産はすごく値引きすることになってしまって、ブランド価値の低下をもたらしてしまったのです。
また同時に、特にアメリカ市場ではフリート販売といって、レンタカー屋さんに大量に自動車を卸すというようなことをやっていました。
日産もレンタカー屋さんに大量に車を卸して、販売台数の目標を達成したということになっていたのですが、これも当然たくさん出したものは、すぐに中古車市場に流れてしまうというような状況があったのです。
これもまたブランド価値の低下を招いてしまったというです。
後遺症その2:検査体制の不備
2つ目に、社内体制の問題が挙げられます。
検査体制などが不十分で、国土交通省から指摘されるまで不備を放置していました。やはりこれも、ゴーン経営の無理が祟ったということがありました。
後遺症その3:人気車種がない
そして、この3つ目が一番重要な問題で、「売れる車が無い」ということがありました。
人気車種ランキングを見ても、上位に日産の車が来るということは、実はもうほとんどなくなっていたのです。ホンダとトヨタがメインを占めるという状況だったわけです。
これはブランド価値の低下ともリンクしていますし、とにかく台数を売るということばかりに集中していましたから、いい車を作るんだという自動車会社における根本が失われてしまっていたという部分があります。
増益をもたらした「アフターゴーン大改革」
そうして日産はゴーン氏が去ったあと、大改革を行っていたわけです。それが、今回の増益要因と非常に密接にリンクしているのです。
大きな要因として、1つは円安ということがありましたし、純利益という部分に関しては、日産がルノーとともに持っていたダイムラー社の株式を売却したことによる特別利益という部分があったことも確かにあります。
しかし、純利益だけではなく営業利益もある程度伸びているというのは、評価していい、今後も継続性のあるものと考えています。