他のコスト高の調整弁になれない
労働者にとっては、これまで失ってきた所得増の機会を少しでも取り戻すチャンスです。
しかし、企業にとって悩ましいのは、他のコストが高まっている中での賃上げとなりかねないことです。これまで企業のエネルギーや原材料のコストが高まり、企業収益を圧迫する状況になると、人件費の抑制でその調整をしていた面があります。
もっとも、正社員ばかりですと「賃下げ」や「首切り」はできないので、安い賃金水準の部署や子会社に派遣するなどで調整していました。しかし、この10年の間に、賃金の安い非正規雇用を使えるようになり、企業は人件費を「固定費」から「変動費」のように調整しやすくなりました。
非正規労働者は全体の4割近くにのぼり、その賃金水準は、国税庁の「民間給与実態調査」によると、2020年で平均176万円、正規雇用の498万円の35%にとどまっています。
それだけ全体のコストの調整弁に使いやすくなっていました。
ところが、最近は輸入物価が足元で44%も上昇し、国内企業物価も9%上昇する「コスト高」が生じています。本来なら、こういう時こそ人件費を抑制してコスト高を吸収したいところですが、政財界が賃上げに前向きになり、賃上げに応じた企業には財政からの「報酬」が期待されるだけに、賃上げに向かいやすくなると見られます。その分、企業全体のコストは高まります。
久々のインフレ圧力に
それだけ企業にとっては全体としてのコスト高になり、その逃げ道がなくなることになります。
その分を価格転嫁すれば、消費者物価が上がって、コストは消費者に転嫁されます。企業が価格転嫁に慎重になれば、コスト高の分、企業収益が悪化します。
すべての企業が企業収益の悪化で吸収することにはならないとみられるので、久々に日本経済にインフレ圧力が高まりそうです。
黒田日銀総裁が国会で証言したように、現在ゼロ近辺にある消費者物価の上昇率も、通信費の値下げによる分が1.5%程度押し下げていて、来春以降この分が順次剥落してゆくので、インフレ率は2%近くに上昇する可能性があります。
黒田総裁はエネルギー価格の上昇率は漸次低下するとみられるので、2%を超える可能性は小さいと記者会見で述べましたが、企業がこのような形で賃金を上げれば、さらにインフレ率は高まります。
こうした賃金引き上げの動きは「共同富裕」を掲げる中国で日本以上に大きくなるようで、これまで中国から安く輸入できた製品が、今後は上昇するリスクが大きく、その分日本の物価にも上昇圧力となります。
今やインフレは世界的な潮流となり、その流れが日本にも押し寄せてきます。