IBMは2021年5月、「2ナノ」技術を発表した。同年12月には、IBMはサムスンに「5ナノ」技術を使用した半導体製造を委託した。だが、サムスンは2019年4月、開発が完了したと発表していたはずの「5ナノ」技術の歩留まり率向上が実現できず、2021年までずれ込んでいた。サムスンの量産移行への遅延によって、IBMはサムスン以外での製造委託先を探すことになった。この時期に、日本国内へ技術移転の打診があったとみられている。
上記の経緯を要約しておこう。IBMが開発した「5ナノ」技術を利用した製品化をサムスンへ依頼した。サムスンの技術レベルを調べる目的であったのだろう。サムスンはこの製品化が遅れたので、IBMは「2ナノ」製品化はとても無理と判断して、「40ナノ」しか製造していない日本へ「2ナノ」製造を打診した。日本は、臆することなくこのIBMからの申し入れを受けて、ラピダス設立にこぎつけた。日本は、「腐っても鯛」で基盤技術があったからこそ、この「冒険事業」を立ち上げたのである。初めから成算があったのだ。
サムスンの受けた打撃は、図り知れないものがあろう。IBMから「5ナノ」委託製造で見切りを付けられたこと。「2ナノ」製造では、ラピダスがIBM技術を難なく製品化させたこと。この二つの事実は、半導体メーカーとしてのサムスンの誇りを「ズタズタ」にしたに違いない。サムスン電子ファウンドリー事業部のハン・ジンマン事業部長は、前述の通り24年12月、職員に電子メールを送った。その内容は、「他の大型メーカーに比べて技術力が劣ることを認めなければならない」と悲痛な告白をして、敗北宣言したのだ。
TSMCは日本を軽視
日本半導体は、サムスンから「大政奉還」を受けた形である。一度は、日本が握った半導体世界覇権が、再び非メモリー半導体で日本へ戻ってくる可能性が高まっている。無論、TSMCという「巨人」が存在する。ただ、半導体を巡る総合力では、日本が台湾を大きく引き離している。日本製造業の器が、質と量の両面で台湾をはるかに超えているからだ。
ラピダスが、「2ナノ」半導体で量産化へ道を開いたことは、日本経済にとってどのような意味合いを持つのか。それは、「失われた30年」と自虐気味の日本社会へ大きな自信をもたらすであろう。次のような、効果が期待されるのだ。
<(1)技術革新の証明>
ラピダスは、IBMとの技術提携を通じて、最先端の2ナノ技術を製品化した。これにより、ラピダスが高度な技術力を持つ企業としての国際的な地位を確立し、競争力を高める基盤ができた。2ナノでは、TSMCやサムスンが踏襲している技術の「FinFET」に代わり、新規に「SLR」技術を成功させ、コストダウンに成功したのだ。このSLR技術によって、「2ナノ」以下のプロセスノードで高性能半導体製造の可能性を高めている。つまり、日本が世界最先端半導体製造国になる条件を揃えた。
<(2)国内製造業の強化へ寄与>
ラピダスの成功は、日本国内での半導体製造の重要性を再認識させることになった。機械に「AI半導体」を装着すれば、輸出競争力が一段と高まるのだ。高度な半導体技術を装着した工業製品が、日本の新たな経済成長の起爆剤になるはずである。経済成長には、「革新的な技術」が核にならなければならない。日本の質の高い工業製品に、ラピダスのAI半導体が装着されれば、競争力が一段とつくであろう。
<(3)世界的な労働力人口減少の歯止め策>
日本が省エネ・省力の半導体製造で世界をリードできれば今後、日本経済の「2.0」が始まる。米国経済と日本経済の根本的な相違点は、日本に製造業が健在であることだ。米国は、ソフトウェアーでリードするが、それだけに地政学的リスクも大きい。日本は、ハードウェアの競争力を持っている。この日米の相互補完は抜群である。IBMの「2ナノ」特許が、日本で製品化されたのは日米における象徴的事例である。