生成AIは、学生こそ利用価値のあるツールです。文献や知識の調査、概念の理解、さらには演習問題の間違ったところを解説してもらう、グラフなどの図表の制作をしてもらう。さらに高度になると、データ分析をしてもらい、得られる知見を整理してもらうなどということもできます。
日本でも、生協の調査によると、68.2%の学生が何らかの形で利用していることがわかりました。
中国では、DeepSeekがオープンソースにしたことにより、大学が学内ネットワークの閉じた空間の中で運用できるようになりました。閉じたネットワークで利用をすれば、情報が外に出ませんから、学生のプライバシーが確保できるわけです。これにより多くの大学で、学生や教官が生成AIを使うようになっています。
その一方で、問題になるのは、AIによるレポートや卒業論文の代筆行為です。これを防ぐため、一部の大学がAI検査ツールも導入し、AI度が一定基準以上のレポート、論文は受理をしないというルールを設けるようになっています。
しかし、AI検査ツールの精度の問題で、自分で一生懸命書いたのにAI度が高いと判定されて受理されないという悪夢のような事態が起きています。
今回は、AI検査ツールはどのような仕組みでAI度を判定するのかを説明し、中国の大学で起きているAI代筆の問題をご紹介します。(『 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』牧野武文)
※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2025年5月26日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:牧野武文(まきの たけふみ)
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』(マイコミ新書)、『論語なう』(マイナビ新書)、『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』(角川新書)など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。
見分けがつかないAIの創作物
今回は、卒論のAI代筆問題についてご紹介します。
「生成AIがつくった画像はすぐわかる」と主張する方がいます。つい最近までは確かにそうでした。人間の指が6本あったり、肌が異常にきれいで人工的な印象を受ける、人物の顔の目や耳のパーツが怖いほど左右で一致をしているなど、さまざまな特徴があったからです。
しかし、今、そんなことを口にすると、時代をキャッチアップできていないことを自ら晒してしまうことになりかねません。もう、画像でもビデオでも、人間が見て、見分けられるレベルではなくなっているのです。確かに、実写と比較をすればわかるかもしれません。しかし、生成AIの画像を、なんの告知もなく見せられたら、それが生成AIだと気づく人は、よほどの専門家を除いてごく一部ではないかと思います。
特に中国では、生成AI「クリング」が2.0にアップデートされて、もう、実写との区別がつかなくなっています。
クリングのウェブサイトには、さまざまなサンプル動画があがっています。左のメニューから「創意圏」というメニューをクリックしてみてください。以前のバージョンで生成された動画は、まだどこかAIらしさが残っていますが、新バージョンで生成された動画は実写と区別がつきません。
特に「短片」(ショートフィルム)のコーナーは必見です。非常に力の入った作品が投稿されていて、映像クリエイターであれば見ているだけで刺激を受けるはずです。
このような生成AIの進化により、ECに問題が起きています。淘宝網(タオバオ)などのECの販売業者の間では、特に女性向け商品では、モデルは生成AIを使うのが半ば常識になっています。モデルを生成AIにし、それと衣類などの商品の製品写真を組み合わせると、AIが仮想モデルに商品を着させてくれます。そして、好きな背景を選び、好きなポーズをとらせて製品写真を完成させます。
言うまでもなく、人間のモデルの撮影はコストもかかり、手間も時間もかかるからです。今日すぐに販売を始めたいという場合でも、人間モデル撮影では無理ですが、AIモデルであればじゅうぶん間に合います。AIモデルは、データを購入する場合もあれば、人間のモデルを360度撮影してデータ化しておくこともあります。
実物よりも良く見せてしまうAI広告
ここまでは、販売業者の業務効率をあげる手法として問題はありませんでした。しかし、今度は商品まで生成AIで生成してしまう例が増えてきました。質感を変えて、安物を高級品のように見せたい。余計なシワが出ないためすっきり見える。微妙な色味を調整して華やかに見えるなど、要は本物の商品よりもよく見せようというわけです。
しかし、これが「買ったら商品写真と違った」という苦情になっています。それが少ないうちは返品をすればいいことですが、増えてくると、商品写真そのものが信用できなくなり、購買意欲が減退していくことになります。
タオバオ運営は、今年3月から対策に乗り出しています。生成AIによる画像を識別するソフトウェアを開発し、常時、商品写真をパトロールするようになりました。また、コメント欄を分析するツールも使って、画像とコメントから、商品写真と実物の差が大きいことが問題になっている商品写真を特定します。
その内容に応じて、写真の差し替えを命じたり、商品の販売停止、場合によっては販売業者のアカウント停止までの処置をとります。最初の2週間で、10万枚の商品写真を削除させたそうです。
しかし、一方で、画像に加工がしてあるからそれだけで問題とは言えません。AIを使わない業者でも、Photoshopで小さな影やシワを除去してよく見せることはやっていますし、生成AIを使っても、消費者が問題を感じていないのであれば問題はありません。使い方が問題なのです。