今回は、株主還元の強化で注目を集めている信越化学<4063>について深掘りし、その驚異的な高収益体質の秘密や今後の展望について解説します。
信越化学は、直近の決算発表と同時に自社株買いを発表しました。その金額は5,000億円と、時価総額のおよそ5%にも及ぶ大きな規模です。この発表を受け、市場では株価が好感されているようです。
この大型自社株買いがどれほど効果があるのか、そして自社株買いだけに頼らず、その後の事業状況はどうなっているのか、改めて見ていきたいと思います。この会社に高い関心をお持ちの投資家の方も多いと思いますので、ぜひ最後までお読みください。(『 バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問 バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問 』元村浩之)
プロフィール:元村 浩之(もとむら ひろゆき)
つばめ投資顧問アナリスト。1982年、長崎県生まれ。県立宗像高校、長崎大学工学部卒業。大手スポーツ小売企業入社後、店舗運営業務に従事する傍ら、ビジネスブレークスルー(BBT)大学・大学院にて企業分析スキルを習得。2022年につばめ投資顧問に入社。長期投資を通じて顧客の幸せに資するべく、経済動向、個別銘柄分析、運営サポート業務を行っている。
信越化学の株主還元戦略:5,000億円の自社株買いとその意義
まず、今回発表された自社株買いについてお話しします。
自社株買いは株主還元策の1つです。企業が現金として保有している資金は、ただ持っていても価値を生みません。企業の純資産は株主のものであるため、現金として置いておくことは無駄とも言えます。株主からの要求として、ただ置いているくらいなら還元してほしい、という声があるのです。
自社株買いを行うことで、市場に出回っている株式数を減らすことができます。企業自体は変わらないため、1株当たりの価値(1株当たり利益など)が向上します。つまり、株主にお金が実際に返還されることに加えて、1株当たりの価値が上がることで、ざっくり言うと株価が上がりやすくなります。規模が大きければ大きいほど、株価に対してポジティブな影響を与えるのが自社株買いの基本的な考え方です。
また、企業が自ら資金を出して自社株を購入するということは、基本的に安く買いたいと考えるため、「自社の株は安い」と市場にメッセージを送っているようなものです。これはシグナリング効果と呼ばれ、これも株価にポジティブな影響を与える良い点です。
今回の5,000億円という金額は、直近の時価総額約10兆円弱に対して約5%分に相当し、かなりの規模と言えます。取得期間は今年の5月21日から来年の4月24日まで段階的に行われる予定です。
驚異的な収益性の秘密:2つの主力事業とその強み
では、なぜ信越化学は今、これほど大規模な自社株買いを行うのでしょうか。その背景には、同社の驚異的な収益体質と財務状況があります。
信越化学の事業内容を見てみましょう。同社の事業は大きく分けて4つありますが、その中でも主力の事業は「生活環境基盤材事業」と「電子材料事業」です。
<生活環境基盤材事業:塩化ビニル樹脂>
生活環境基盤材事業の主な製品は塩化ビニル樹脂です。これは、住宅や建築物の配管パイプなどに使われる原材料です。そのため、住宅や建築物の需要動向に業績が左右される傾向があります。信越化学はこの分野でを誇っています。
塩化ビニル樹脂は製造がそれほど難しくないコモディティ商品ですが、信越化学の強みは他社よりも安く製造できる低コスト競争力にあります。これを可能にしているのが、米国子会社シンテックの存在です。シンテックは米国で天然ガスから塩化ビニル樹脂を生成しており、原材料である天然ガス自体を抑えている(垂直統合)ことで、他社よりも安価に製造できています。工場の横に製造工場を設けているイメージです。他社がナフサなどの違う原材料から製造する場合もある中で、天然ガスをしっかり抑えていることが強みです。
また、この垂直統合を米国で行っている点も重要です。米国では慢性的な住宅不足の問題があり、住宅需要が長期間高い状態が続いています。この主要消費地である米国で確固たる地位を築いていることが、世界シェア1位獲得の重要なポイントとなっています。信越化学と言うと日本企業というイメージがありますが、この領域に関しては米国がメインの拠点と言えるでしょう。