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異次元緩和は失敗だった。クルーグマンの『Rethinking Japan』を読む=吉田繁治

6. インフレの実現のためには何をするべきか?

But what would it take to raise inflation?
Secular stagnation and self-fulfilling prophecies

Back in 1998, when I tried to think through the logic of the liquidity trap, I used a strategic simplification: I envisaged an economy in which the current level of the Wicksellian natural rate of interest was negative, but that rate would return to a normal, positive level at some future date. (10)

インフレのためには何を行うべきか
長期停滞と自己達成的な予言

1998年にさかのぼって言えば、私は流動性の罠の論理を通じて考えようとして、戦略的に単純化した。つまり、当時の自然金利をマイナスとし、それは将来のいつか正常なプラス金利に戻ると予想していた。翻訳<(10)>
出典:Rethinking Japan – The New York Times

聞きなれない「Wicksellianの自然金利」とは、インフレもデフレも起こさないレベルの金利です。その国のGDPの潜在成長率に近い値になります。

クルーグマンは、ここで当時の日本経済への認識を言っています。

  • 1998年は、(金融危機のため)日本の自然金利はマイナスになっているが、
  • 将来は自然金利はプラスに戻り、日本経済の潜在成長力もプラスになると認識していた

2つ目がクルーグマンの間違いでした。そしてこの、日本経済の潜在成長力はプラスであるという1998年当時の認識から、量的緩和の政策を導いたと述懐しています。ここが肝心な点です。

This assumption provided a neat way to deal with the intuition that increasing the money supply must eventually raise prices by the same proportional amount; it was easy to show that this proposition applied only if the money increase was perceived as permanent, so that the liquidity trap became an expectations problem.(11)

日本経済の潜在成長力がプラスなら、マネー・サプライを増やせば、物価はその増加割合に応じて上がるという直観を与えてくれた。マネーの増加が永久的と受け取られるときのみ、これが成立することを説明することは容易である。このため、流動性の罠は、人々の、将来への予想(期待)の問題になる。<翻訳(11)>
出典:Rethinking Japan – The New York Times

潜在成長力とは、完全雇用と、設備稼働が100%のときの経済成長力です。完全雇用とは、日本では、職業の移動期間の失業である3%の失業率です。これを自然失業率と言います。12年勤務で4ヶ月くらいは職業移動のための失業があるのが平均的でしょう。日本人は平均で言うと生涯に3回会社を変わります(2015年4月の我が国の失業率は3.3%です:総務省)。

不況とは、潜在成長率に達していないことであり、失業率が自然失業率より高いときです。しかし、1998年の失業率は3.5%であり高くはなかったのです。

2015年の失業率も、完全雇用に近い3.3%です。完全雇用のときのGDP成長が潜在成長率です。ところが、2015年11月の実質経済成長は0~0.6%程度でしかない。

クルーグマンが、将来は高くなると見ていた日本の潜在成長力は、実は、低いものだったのです。

このため、日銀が国債を買ってマネタリー・ベースを増やしても、企業と世帯が新たに借り入れることによって増えるマネー・サプライの増加にはならなかった。

つまり量的緩和は、デマンド・プル型の需要増加によるインフレを引き起こすことはできませんでした。(注)デマンド・プル型のインフレは、需要増>供給力により物価が上がること。

マネタリー・ベースは、異次元緩和前の2.4倍の、339.8兆円に増えています。ところが、企業と世帯の預金が主であり、実体経済で使われるマネー・ストックは前年比で2.9%しか増えず、1227兆円(M3:2015年10月)です。
マネーストック速報(2015年10月)[PDF] – 日本銀行

2%台のマネー・ストックの増加は、異次元緩和前と同じです。日銀が198.5兆円兆を増発した異次元緩和は、マネー・ストックの増加としては何ら効果を上げていません。

このマネー・ストックの増加が4%以上でないと、日本では、デマンド・プル型のインフレにはならない(岩田規久男氏自身が書いた『デフレの経済学』)のです。

Next: 7. 日本の潜在成長力の低さの原因は、人口問題だった

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