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誕生・出産を全否定する“反出生主義”が間違っている7つの理由。「なぜ貧乏なのに僕を産んだの?」にどう答えるか=午堂登紀雄

間違っている理由その2:苦痛は「本人がどう受け止めるか」次第

「苦しみや苦痛がない世界が望ましい」ということですが、そもそも客観的な「苦しみ」というものは存在せず、本人がどう受け止めるかの要素が非常に大きいため、人類全体に拡大解釈するのは論理的に無理があります。

たとえば部活の練習を「苦しい」と感じる人もいれば、「楽しい」「充実してる」「強くなるためだ」と感じる人もいるとおり、「苦しみ」だと感じる「その人の問題」であって、「人類の問題ではない」のです。

また、「楽しいことがたくさんあったとしても、苦しみが1つでもあったら意味がない」というのは、受け身で心が未成熟な人の発想に感じます。たとえばパラリンピックの選手が、「苦しみがあったから自分の人生は意味がない」と考えるでしょうか。障害をきっかけに、自分のやりたいことや方向が見つかったという人もいるはずです。

そもそも大人になれば、仕事も住む場所も人間関係も選べます。だから苦しいとかイヤだと思えば自分で(ある程度は)変えることができます。

「そんなに簡単ではない」という人は、檻の鍵は空いているのに、鍵がかかっていると思い込んで檻の中に居るようなものです。

これは「自分も頑張っているのに報われない」と悲観する人の思考パターンに似ていて、「環境は誰かから与えられるものだ。その中で努力して報われないということは、その環境を作った誰かが悪いんだ」という環境に依存した発想です。でも実際には、全部自分で決められること。

また、自分がひとつひとつ物事を達成していくことで、自分に自信を持てるようになり、自己信頼感や自尊心を獲得していくものです。そういう鍛えられた自尊心・自己肯定感があれば、ちょっとやそっとの苦しい出来事があっても、いちいち悲観したり絶望したりなどしなくなります。筋肉は運動によって細胞が破壊され、それが補修されることで強くなりますが、心も同じ。恋愛でも、傷つき苦しんだからこそ次の恋愛ではもっとうまくできる、ということもあるとおり、自分がバージョンアップするための苦しみというのもあるわけです。

私も公認会計士の受験勉強はしんどかったですし、外資コンサルでのハードな経験もありましたが、だからいまの自分があると思っています。

つまり「ひとつでも苦しいことがあるのはダメだ」というのは、逆境を乗り越えた経験、努力して成し遂げたという経験が乏しく、それによって自分が成長したという実感を得られていない人なのかもしれません。

間違っている理由その3:苦しみも不安も「必要な感情」

たとえば「不安」という感情は、危機察知能力のひとつです。不安がなければ、たとえば安易にヤブの中に立ち入ってヘビなどにかまれるリスクがあります。

つまり不安とは、自分の命を守るために動物に備わっている生存本能の1つであり、生きるうえで不可欠なものです。

ほかにも「悩み」には「向上心」「成長欲求」という意味があります。「こうなりたい」「こうありたい」という成長欲求があるからこそ、まだ理想に到達できない自分や自分の状況に悩むわけです。

嫉妬という感情が起こるのも「自分の優位性が脅かされたとき」ですから、恐怖や不安と同じく、人間の防御本能ととらえることができます。「他人のほうが自分より優位にある」のは「自分の生存が脅かされる」ということで、「このままではいけない」と気づくことでもあります。つまり嫉妬は「もっと努力が必要だと気づくチャンス」「自分が大切にしているものの自覚」になると考えることができます。

そして私たち人間は、それら喜びや悲しみ、嫉妬や劣等感、達成感や感動など、ネガティブにしろポジティブにしろ、様々な感情を体験するなかで、重層的な「自分」を形成していきます。

しかし、傷つき悲しみ悩むといった感情を経験しないと、その方面では非常にもろく、偏ったメンタル、弱点を残したまま大人になります。そしてもし、自分の弱点がさらされる場面に遭遇すると、ひどく動揺したり、落ち込んだり、思考力が低下し適切な判断ができず、不利な状況になってしまいかねません。

一方、これら人間が抱くあらゆる感情を経験し、それを適切に処理し乗り越えていくと、精神は成熟していきます。その積み重ねによって、少々のことでは動じない強い心が養われます。逆境や絶望を感じる場面においても、安易にパニックになったり挫折したり自暴自棄になったりすることなく、冷静に対処できるようになります。だから多感な10代の頃は最も悩みや不安を抱える時期で、これも必要だからこそなのでしょう。身体が成長するだけでなく、そうやって心も成長していく。

だから「苦しい」と感じるのも、自己防衛本能かもしれないし、成長途上の「産みの苦しみ」かもしれませんが、必要だから起こっているのです。

つまり苦しみはそもそも「悪いこと」「いけないこと」「避けるべきこと」「忌み嫌うこと」ではないということです。

反出生主義者は、このところに根本的な誤解があるように感じます。

Next: 人間の存在は無意味か?「みんないなくなればいい」という思考停止

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