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「日本がまた開催地に」IOC関係者の発言が物議。「お断りだ」との拒否反応が渦巻くなか浮上する幻の“名古屋五輪”実現を期待する声

国際オリンピック委員会(IOC)のクリストフ・デュビ五輪統括部長が、日本が将来再び五輪の開催地になるだろうという趣旨の発言をしたことが、波紋を呼んでいるようだ。

報道によるとデュビ氏は、パリ市内で日本メディアの取材に応じ、日本の国際大会の運営能力などを評価したうえで「日本が開催を検討するかは分からないが近い将来、また冬季大会などの開催地になるだろう」と発言したとのこと。

さらに、日本国内からのパリ五輪中継の配信サービスを通しての視聴数が多いことを挙げ、「ムーブメントはまだ去っていない」と指摘。「テレビで見る人気だけではなく、日本全国の人たちが『また日本に五輪が戻ってきて』と思ってほしい」と語ったという。

深刻化する冬季五輪の“開催地不足”

連日報じられている「肉が少ない」「まずい」といった選手村の食事事情をはじめ、さらにはエアコンが無いため暑くて眠れないとの声や、挙句には盗難事件までもが続出するなど、選手からのクレームが相次いでいるというパリ五輪の運営。

こと食事に関しては「前回の東京が良かった」との声も選手から多くあがるなかで、今回は五輪関係者からも、日本メディア向けの取材対応ということで多少のリップサービスはあっただろうが、回を重ねるごとに大規模化していくオリンピックを仕切る運営能力を備える数少ない国として、日本の名前があがったといった格好だ。

そのいっぽうで、IOCとしては開催地の選定、とくに冬季五輪に関しては近年大いに難渋しているというのも事実。夏季五輪と比べて開催可能な都市や地域が限られてくるというのは、そもそもの話であるのだが、このところは温暖化などの気候変動によって、開催に適した都市がさらに減る傾向にあるというのだ。

そのようななかでIOCは先月24日に、2030年と2034年の冬季五輪・パラリンピックの開催地を決定したのだが、2大会の開催地を同時に決定した背景には、上記のような“開催地不足”の問題があることから、なるべく早めに場所を確保しておきたいといった思惑があったよう。

ちなみに、30年の開催が決まったフランス・アルプス地方に関しては、同国政府による財政保証が未だ得られていないため、その件を来年3月までにクリアすればという“条件付き”での決定となった模様。このようなある種のいわくつきの場所でも、開催地として選ばざる得ないところにも、冬季五輪の“開催地不足”の深刻さが大いに窺えるといえそうである。

そういった状況もあり、IOC内部では今後の冬季五輪に関して、複数の都市での巡回制にすることも検討するといったまでも、どうやら持ち上がっているよう。

仮にそうなれば、天然雪が比較的豊富で、なおかつ過去に開催経験があり財政面でも大きな心配のいらない日本の札幌などは、IOCとしてもぜひともその“複数の都市”のひとつに加えたい場所だろうということで、そういったことも冒頭のIOC関係者の発言に繋がったとも考えられそうなのだ。

名古屋民からあがる「ワンチャンあるかも…」との声

ただ、いまや大多数の日本国民にとってオリンピックといえば、先の東京五輪で2兆円超ともいわれる巨額な赤字が残ったこともさることながら、スポンサー選定を巡る汚職事件にくわえ、大会運営を担う企業の選定も談合だったと露見したことから、特定の企業のみが潤う金まみれなイベント、といったダーティなイメージがすっかり定着。

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2030年冬季五輪の開催を目指していた札幌市が、その招致活動を断念せざる得ない事態にまで追い込んだ、そんな五輪への“嫌悪感”はいまだ払拭されていないようで、今回のIOC関係者の発言に対しても「嫌です」「お断りだ」という声が噴出しているところ。

なかには「こんな誤審と差別まみれのク⭕大会なんぞ日本でやらなくていい」といった、今回のパリ五輪における数々の誤審疑惑への怒りも同時に爆発させる向きもいるなど、まさに“完全拒否”といった反応でSNS上は溢れかえっている状況なのだ。

しかし、そんななかで「ワンチャンあるかも…」と俄かに沸く格好となっているのが、日本国内のなかでも、名古屋でのオリンピック開催を期待して止まないといった人々。

もう覚えている人も少なくなっているかもしれないが、かれこれ40年以上も前に愛知・岐阜・三重での広域開催という形で、1988年の夏季五輪開催を本気で目指していた名古屋市。その誘致活動の過程で、最大のライバルと目されていたオーストラリアのメルボルンが断念したこともあり、名古屋五輪の実現はもはや確実……と当時はみられていた。

しかし実際に蓋を開けてみると、IOC総会での投票で名古屋の倍近くの支持を集めたのは韓国のソウル。名古屋五輪の実現を信じて止まなかった人々らが負った衝撃はあまりにも大きく、ある意味で名古屋市民に広くトラウマを残す格好となったのだ。

ところが、今回飛び出したIOC関係者による「日本がまた五輪開催地に」との発言を受け、一度は夢破れた幻の名古屋五輪が、ここに来てまさかの実現という可能性が少なからず出てきたのではと、一部がこのように盛り上がる展開に。

実際、今回のパリ五輪の後は2028年のロサンゼルス、2032年の豪・ブリスベンまでは決まっており、狙うなら2036年以降の開催になりそうだが、名古屋市民が約半世紀越しの宿願を果たすためには、とにもかくにも日本国民の脳内に深く刻み込まれてしまった五輪に対する嫌悪感の払拭、あるいは風化が必要であることはいうまでもなさそうだ。

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