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安倍首相の大いなる間違い!TPPと日米間の安全保障問題は別問題

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2015年5月9日号より
※本記事のタイトルはMONEY VOICE編集部によるものです

希望の同盟へ。

これは、先月末に米議会上下両院合同会議で講演された安倍首相の演説テーマでした。今後の日米関係は斯くあるべしと考えたのでしょう。

ただ全文に目を通したところ、安倍首相の国際情勢に関する認識が、ご自身がこれまで主張してきたこととは裏腹に、戦後レジームから一歩も脱却できていないのではとの印象を受けました。

※外務省「安倍総理大臣演説

本日は、演説で触れられたTPP問題を中心に安倍首相の国際情勢に関する誤解について述べたいと思います。

安倍総理は自身のHPにおいて、戦後レジームを「憲法を頂点とした行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組み」と規定しており、「その多くが、21世紀の時代の大きな変化についていけなくなっている」ために、憲法改正の必要性を述べられています。

「米国から押し付けられた憲法を日本国民が自主的に制定し直すことによって初めて、戦後レジームから脱却できるのだ」という主張は、多くの国民を納得させるものでしょう。

特に、現憲法を奉じたままで日本の安全保障は確保できるのかという問題意識が、安倍総理の憲法改正意欲を高めてきたと思われます。

他方、戦後レジームからの脱却とは、表面上、憲法改正を標榜しつつも、その本質は「米国から押し付けられた価値理念および制度的取り決めからの脱却」を指向するものと広義に解することも可能です。

経済思想および経済制度の観点から見れば、戦後レジームとは正に米国流の資本主義そのものです。

日本はそれを受け容れブレトンウッズ体制の下で、結果的に経済大国になりました。ここまでは良かった。

しかし、本家の米国では過度に効率を追求するあまり富が一部の階層に集中し、社会の安定に最も重要な存在である中間層の解体が進行しています。

明らかに米国流の資本主義は、米政府が分配問題を等閑視し税制および社会保障の面で手を打たなかったために、欲望剥き出しの資本主義へと変質してしまいました。

自由と自己責任に比重を置きすぎた結果として、富のバランスが崩れた歪な社会、格差社会が現出したのです。

それこそ、制御不能な強欲資本主義の必然的帰結です。

日本はそこまで米国流をまねる必要はないでしょう。追随してはなりません。

正しく21世紀の変動期にあって、日本の国益のためには米国流の強欲資本主義からの脱却が望まれるところであり、かつて安倍総理自身もそう考えていたのではないでしょうか。

ワシントンコンセンサスに象徴される米国の対外戦略、すなわち世界標準という名の米国標準の押し付けに屈することなく、日本独自の瑞穂の国の資本主義を目指すというのが政権奪取前の安倍総裁の政治姿勢だったと思います。

その表れが初期アベノミクスでした。

小泉政権時代から続いた、そして民主党政権もそれに倣った、構造改革路線および小さな政府指向を一端棚上げし、金融緩和と財政出動による拡張政策に転じたからです。

小泉構造改革とは米国流の強欲資本主義への追従策でありましたから、この政策転換は正しく安倍総裁の日本独自の資本主義システム構築への意欲の表れと看取できました。

この政策転換によって構造改革、小さな政府論といったデフレ化政策に辟易としていた国民の支持を獲得でき、政権奪取につながったのは周知の事実です。

ここ1年半ばかりの間に、安倍総理は当初のアベノミクスの内容を大幅に変更してしまいましたが、戦後レジームからの脱却という基本的な政治姿勢に変わりがないことを願っておりました。

しかし、残念なことに、今回の演説を見る限り目立ったのは対米追従姿勢だけでした。

外交上のリップサービスとして多少米国を持ち上げるのは仕方ないとしても、少し行き過ぎではとの感を抱きました(是非、演説文をお読みください)。

そうした追米姿勢の背後には、言うまでもなく、「米国の圧力によって中国の軍事的脅威を少しでも減らして欲しい」という意図がありありと見て取れます。

TPPに関する件を見ても、前段で「太平洋の市場では、知的財産がフリーライドされてはなりません。過酷な労働や、環境への負荷も見逃すわけにはいかない。許さずしてこそ、自由、民主主義、法の支配、私たちが奉じる共通の価値を、世界に広め、根づかせていくことができます。その営為こそが、TPPにほかなりません」として、米国の価値理念を関係諸国に共有させること、つまり米国仕様を太平洋の隅々にまで行き渡らせることがTPPの役割だと論じています。

何かしら官軍(米国)の錦の御旗の役割をTPPが担っているというイメージですね。差し詰め、日本は露払いでしょうか。

さらに後段で「しかもTPPには、単なる経済的利益を超えた、長期的な、安全保障上の大きな意義があることを、忘れてはなりません」と安倍総理の考えが表明されております。

この認識が根本的に間違っているのです。

以前こちらのコラムに寄稿されていた東田剛先生が、再三再四、指摘されていたように「TPPは純粋に経済問題であって、安全保障の問題とは無関係」なのです。

東田先生の論じていたとおり、TPP交渉の21分野に安全保障の分野などありません。

経済の話をしているのであって、軍事同盟の話をしているわけではないのです。

安倍総理が、この点を見誤ると日本は将来多大なる損失を被る危険に晒されます。

そして、現に安倍総理は完全に誤解しており、TPPと日米間の安全保障問題は一体であると思い込んでいると思われます。

それゆえ何が何でもTPP交渉を合意させようとする意欲に満ち溢れています。

おそらく首の皮一枚になるまで譲歩を重ねるつもりでしょう。

TPP交渉のニュースを聞くたびに、農産物に関する譲歩につぐ譲歩の話ばかりです。

ムーンウォークのように前に進まず、後ずさりばかりしているようです。

報道されない他の分野はどうなのでしょうか。非常に心配です。

TPPで大きな経済的利益や利権を米国に手渡せば、その分、米国も日本の安全保障に真剣に取り組んでくれるはずだと勘違いしているのではないでしょうか。

そんな情緒的なことは国際社会では通じないと思います。

米国と中国の経済的関係は、貿易額で見れば日本を遥かに凌駕しているのです。

中国は米国にとっての第一位の輸入先であり、第三位の輸出先なのです(ちなみに日本は米国にとって、いずれも第四位です)。

今後の東アジアのパワーバランスを如何に考えるかを含めて、日中どちらに比重を置くかは米国の国益を基準に決定される問題なのです。

「同じ自由主義の国のよしみで何とか」とすがったところで、米国流の合理主義に足蹴にされるだけではないでしょうか。

総理の取り巻きの中に東田先生のような正論を助言する人はいないのでしょうか。

「TPPが経済的利益を超えた安全保障上の意義を持つ」と聞いた米国議員たちはどう思ったのでしょう。

おそらく驚いたのではないでしょうか。「えっ、そんなこと聞いてないぞ」と。

安倍総理とその周辺の人達だけが、「TPP国防論(本当は「亡国論」ですが)」という集団幻想に罹っているようなものです。

米国は現行の日米安保条約の範囲内で日本の安全保障に関わるだけであって、それ以上でもそれ以下でもありません。

米国の利益に資すると米議会が判断しなければ、TTPの締結国であろうとなかろうと、米軍を海外へ派遣などしないのです。

この現実から目を逸らしている限り、日本の安全保障は危ういと言えましょう。

日本が直面する安全保障上の問題を解決するためには、現在取り組んでいるように安保法制の整備や防衛予算の拡大によって対応するしかないのが現状なのです。

安全保障とリンクされていないことが認識されれば、当然、TPPの問題は経済的に見て国益となるか否かで判断されることになります。

TPP交渉への参加の可否が議論されていた頃は、問題は経済的メリットの推計にありました。

内閣官房「TPP政府対策本部」の推計では、関税の完全撤廃のケースとして農林水産業生産額が3兆円減少するものの、それを勘案しても日本経済全体では実質GDPが0.66%、3.2兆円が増加するとしています(うち消費増が3兆円)。

プラスになりましたが、政府の試算ですから裏があります。

これはGTAPモデルという産業構造の変化に対応して雇用が流動化することを仮定したモデルによる推計です。

これを使えば、雇用者数は関税撤廃前と後で不変となります。つまり誰も失業しないと仮定しているのです。

日本の農業総産出額は8兆円前後ですから、3兆円の減少はほぼ壊滅的な数字です。周辺産業を含めれば離職者も大変な数に上るでしょう。

しかし、その人達が全員再雇用されると仮定するならば、経済全体の所得額も減ることはありません。

なぜなら、一般に農業所得よりも再就職先の職業の所得の方が高いと考えられるからです。少なくとも減ることはない。

容易に理解されるように、所得が不変の下で関税撤廃により「一時的」に農産物価格が下落すればどうなるでしょう。

当然、消費が増えるのです。需要法則ですから。それが消費3兆円増の試算のトリックです。

さすがに非現実的だということで、最近、内閣府側も数値によるメリットを強調しなくなりました。

その代わりというか、いつものパターンというか、自由貿易を拡大することは基本的に正しい道であるといった空疎な理念を唱えることしかTPP推進論者には残されていないように思えます。

TPPは、ISD条項や国民の健康および安全性に関わる様々な問題を内包しておりますが、農業問題一点をとっても国益に反することは明白です。

日本の食糧安全保障は根底から揺らぐことになります。

食料自給率が39%で先進国の中でも低位にランクされる日本が、自ら進んで更に自給率を下げようとしているのです。

関税引き下げは長期的に徐々に実施すると言われたところで、衰退確実な産業に就業したい人などいないのです。

明日の目途が立たなければ、今日止めてしまうのです。

それゆえ、瞬く間に水田や牧草地は荒れ果て、日本の国土は荒廃するでしょう。

一旦、そうなったら元に戻せない。地方創生など夢のまた夢です。

安倍総理には、郷里の美しい風景を将来世代へ残すには今どうすべきかを熟考して頂きたいと切に願うばかりです。

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