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「余命2年」の宣告から、50年も活躍したホーキング博士の秘密=浜田和幸

3月14日、スティーブン・ホーキング博士が亡くなった。享年76歳。余命2年の宣告を受けたのは21歳の時だという。なぜ彼はここまで活躍を続けてこられたのだろうか。(浜田かずゆきの『ぶっちゃけ話はここだけで』浜田和幸)

※本記事は有料メルマガ『浜田かずゆきの『ぶっちゃけ話はここだけで』』2018年3月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にご購読をどうぞ。当月配信済みのバックナンバーもすぐ読めます。

プロフィール:浜田和幸(はまだ かずゆき)
国際政治経済学者。前参議院議員。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。『ヘッジファンド』『未来ビジネスを読む』等のベストセラー作家。総務大臣政務官、外務大臣政務官、2020年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会委員、米戦略国際問題研究所主任研究員、米議会調査局コンサルタントを歴任。日本では数少ないフューチャリスト(未来予測家)としても知られる。

享年76歳。なぜホーキング博士は脅威の生命力を発揮できたのか

21歳で宣告された「余命2年」

ぶっちゃけ、「車椅子の宇宙物理学者」と異名を取ったスティーブン・ホーキング博士の生命力には圧倒される。

21歳の時、全身の運動機能がマヒする進行性の難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」と診断された。

母国のイギリスはじめ、欧州各国の医者を訪ねたが、どこでも「余命2年」との宣告。

しかし、現代医学に惑わされることなく自らの生命力を信じ、車椅子生活を余儀なくされながらも、意思疎通にはコンピュータの人口音声を駆使するなどして、「ブラックホール蒸発論」を打ち出すなど独創的な研究に邁進した。

博士を支えたのは妻と3人の子供たち

そんな博士を支えたのは最初の妻との間にできた3人の子供たちであった。

ホーキング博士の口癖は「宇宙の神秘を解明できても愛する家族がいなければ価値がない」。

一時期、妻と離婚し、身の回りの世話を献身的にしてくれた看護婦と再婚した博士であったが、3人の子供たちとの面会を快く思わなかった2度目の妻と別れ、結局、最初の妻ジェーンと改めて結婚。

子供たちには「本当に愛する人と出会うのは得難いこと。この人と確信できた時には絶対に失ってはダメだ」と言い聞かせていた。

地球も人類もあと100年で終わる?

そんな子煩悩のホーキング博士が最も危惧していたのは「人類と地球の未来」であった。

今のままでは子供や孫たちが暮らしていけなくなるに違いない」。

地球温暖化、自然災害、テロや核戦争の恐れ、人類を凌駕する人工知能(AI)の台頭など、すべて人間が生み出した脅威によって「地球も人類もあと100年で終わりを迎える」。

そんな予測を明らかにし、世界に警鐘を鳴らしていた。

Next: 博士がやり残した偉業とは? 命日は奇しくもアインシュタインの誕生日

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