体験の構築
用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。
顧客が調理ロボを雇うとする際に障害となり得るのは、一つにはメニューを増やすことです。その度に、店の従業員が調理ロボに手順を教えなければいけないようでは話になりません。また、顧客によっては、有名店の味を再現したいと思う場合もあるでしょう。
いずれにしても、こうした障害が取り除かれれば、顧客の店に来店する客は「目の前で繰り広げられる調理ロボのパフォーマンスを楽しみながら美味しい料理が味わえる」というすぐれた体験ができるようになるでしょう。
プロセスの統合
最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。
社内プロセスの統合という意味で、同社にとって課題となるのは、簡単・便利に調理ロボが調理を覚えられるようにすることです。ただし、調理のパフォーマンスはAIに動画を学習させれば再現できるかもしれませんが、肝心の味付けを学習させるのは簡単ではありません。それが課題です。
では、同社がこうした調理ロボの頭脳に取り組むのであれば、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。
ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。
・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。
この指摘を踏まえるのであれば、同社はリトル・ハイア──調理ロボが作った料理の数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。
【参考文献】
・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・コネクテッドロボティクス、調理ロボの実験を公開‐日本経済新聞(2019年7月18日公開)
・ピック使いも職人級 厨房支える調理ロボ‐日本経済新聞(2019年2月19日公開)
・スタートアップの調理ロボ、人手不足の現場を救う‐日本経済新聞(2019年8月13日公開)
・有価証券届出書(新規公開時)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年10月16日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
『イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年10月16日号)より一部抜粋
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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。