警官の死亡と治安悪化の悪循環
こうした深刻な経済的困窮を背景に起こっているのが、止まらない治安悪化の悪循環だ。その循環の起点になっているのが、警官の死亡とそれを背景にした警官の相次ぐ辞職だ。
欧米や日本の主要メディアでは、警官に殺害されたアフリカ系アメリカ人と、それが引き金になって激しくなる「BLM」運動だけに注目が集まる傾向にある。
たしかに、ビデオに撮られた警官によるアフリカ系アメリカ人の殺害の動画は、警官の過剰な暴力の凄まじさを現しており、激しい怒りが込み上げてくる。2020年に入って、すでに全米各地で123人のアフリカ系アメリカ人が殺害されているのだ。
しかし、見過ごしてはならないのは、警官の死亡者数である。
2019年に任務中に死亡した警官は147人であったが、2020年はすでに9月の時点で188人が任務中に死亡している。すでにこの時点で、昨年1年間よりも22%も任務中の死亡者数は多い。年末までにもっと死亡者数は増えるだろうから、年間の増加率はずっと高くなるはずだ。
この死亡者数には、任務中に新型コロナウイルスに感染して死亡した警官の数も入っている。大規模なクラスターが発生した現場にも行かなければならないので、警官は感染リスクが高い職業だ。しかし、そうした死亡者数を除外しても、やはり今年は殺害された警官の数は多い。
この理由は明らかだ。「BLM」運動が席巻するいまのアメリカの特に大都市圏では、警官が憎しみの対象になっているからだ。警官は襲撃され、殺害されるケースも増えている。
警官の辞職が後を絶たない
こうした警官が憎しみの対象になり、死亡者数が増加するなか、全米で警官の大量の辞職が続いている。たとえば9月9日には、ニューヨーク州、ロチェスター市の警察所長以下51人の警官すべてが辞職する意思を表明し、市当局を驚かせた。
ロチェスターは、3月に起こったアフリカ系アメリカ人の警官による殺害が8月になって公表され、「BLM」の大規模な抗議運動が起こっている都市だ。また西部のコロラド州では、8月までに少なくとも200人の警察官が辞職している。
もちろんこのような警察官の辞職は、「BLM」運動の高まりのなかで起こっている警察署の予算削減も大きく影響している。「BLM」運動の目標のひとつは警察予算の大幅削減であり、この要求を受け入れ実際に予算の削減に踏み切る都市も増えている。ニューヨークやシカゴ、ミネアポリスやシアトルなどがそうした都市だ。予算削減のあおりで警察官が解雇されているのだ。