キリスト教ナショナリストの政権
しかし、日本でも流通しているこのような見方は一面的かもしれない。トランプ政権の本質的な性格を十分にとらえているとは言えない。今回のトランプ政権は、2017年に発足した前回のトランプ政権と大きく異なる特徴を持つ。ちなみにトランプは、就任式の演説で次のように発言した。
「ほんの数カ月前、美しいペンシルベニアの地で、暗殺者の弾丸が私の耳を貫通した。しかし、私の命が救われたのには理由があったのだとその時感じた。今ではその確信を強めている。私はアメリカを再び偉大にするために神に救われた。
だからこそ、愛国者による政権の下、尊厳と権力、強さをもってあらゆる危機に対処するために日々働く。あらゆる人種、宗教、肌の色、信条の市民に再び希望と繁栄、安全、平和をもたらすために目的意識とスピードをもって行動する」。
このスピーチが示すように、トランプの意識は第一期目の政権のときとは大きく異なっている。2016年の大統領選挙では本人が勝利に驚いたのとは異なり、今回は自分が神から選ばれた大統領であり、アメリカを偉大にするという神託を受けたのだとする意識が非常に強いのだ。これは大きな意識の変化だ。
この意識変化はすでに第一期目から徐々に起こっていたようだ。トランプ家は職業と労働への専念を神から与えられた使命の実現と見るカルバン派の「長老派」に属しているが、2020年10月に神の存在を直接体験し、神から啓示を受けることに重点を置く「福音派」にトランプは転向している。トランプの支持母体が「ナトコン(National Conservative)」と呼ばれる白人労働者層であり、その一定の割合がアメリカに8,000万人もいる「福音派」に属している。そして、「福音派」の政治運動が「キリスト教ナショナリズム」である。
以前の記事に書いたが、「ナトコン」の思想をここで再度確認しておこう。
「ナトコン」は、アメリカ社会の基本的な単位は、キリスト教の倫理にしたがって生きる家族だと考える。家族は集合して地域社会を構成し、さらにそれらは集まり州を形成する。アメリカ社会は州までを最大の単位とする地域共同体によってすべて運営されなければならない。キリスト教の倫理を元に生きる共同体が、アメリカの伝統的な社会の姿であり、建国の父の時代から続く、アメリカの伝統なのだ。
結局、現代のアメリカが抱えるほとんどの問題、例えば、激増する犯罪率、コントロール不能な暴力、人種間対立、格差と貧困、そして社会の分断などの原因は、社会の基本的な構成単位であるキリスト教の倫理に基づいた家族と地域共同体が、支配エリートが自らの利害を実現するために連邦政府を使って課したさまざまな規制によって、崩壊の縁に追い込まれたことにある。アメリカを再生するためには、連邦政府の官僚機構を解体して、家族と地域共同体を抑圧から解放し、これを強化しなければらない。
「アジェンダ47」と「プロジェクト2025」
このような「ナトコン」の政治運動が「キリスト教ナショナリズム」である。この運動に強く支持された政治家がトランプである。そして、「キリスト教ナショナリズム」の理想と世界観を反映したトランプの政治綱領とその実践マニュアルが、「アジェンダ47」と「プロジェクト2025」である。これも以前の記事で紹介済みだが、内容を確認しておこう。
それは、連邦政府を支配エリートの単なる道具として見る「ナトコン」から「Qアノン」主義者、そして白人至上主義者や武装民兵組織など保守系の幅広い層が賛同できる内容になっている。「プロジェクト2025」の本文を少しでも見ると、これは明らかである。
「プロジェクト2025」の序章、「アメリカへの約束」はアメリカ国民に向けて次の4つの約束を掲げる。
1. アメリカ生活の中心としての家族を取り戻し、子供たちを守る
2. 行政国家を解体し、アメリカ国民に自治を取り戻す
3. グローバルな脅威から、わが国の主権、国境、恵みを守る
4. 自由に生きるために神から与えられた個人の権利、すなわち憲法で言うところの“自由の祝福”を確保する
この4つの約束だ。上に列挙した大統領令を見ると、この4点の理想の実現を意図したものであることがよく分かる。肥大化した連邦政府を縮小し、国民の共同体が管理する等身大のアメリカにするというコンセプトだ。
トランプ政権は、アメリカを根本的に変革するつもりである。7月13日にペンシルバニアで起こった暗殺未遂事件の後、トランプは自分は大統領になる使命を神から与えられた人物だと思っている。そしてトランプに使命は、偉大なキリスト教国としてのアメリカの回復である。これを自らに与えられた使命として感じているトランプは、上の4つの理想の実現に全力を注ぐことだろう。