日鉄とUSスチールの合併問題が、新たな局面を迎えている。米バイデン政権はこの合併に否定的だったが、2月7日の日米首脳会談を経て、「所有」ではなく「投資」として合意に至った。トランプ政権の政策転換が後押しした形だ。米国鉄鋼業の競争力低下が進む中、日鉄の技術力が今後どのように活用されるのか。日米関係と経済安全保障の観点から、その背景と影響を探る。(『 勝又壽良の経済時評 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
トランプ氏は「日本の価値を再認識」
暗礁に乗り上げていた、日鉄とUSスチールの合併問題は一転、解決へ向かい始めた。2月7日の日米首脳会談で、日鉄の「所有」より「投資」という形で合意できたからだ。バイデン政権は合併を拒否したが、トランプ政権の投資重視への政策転換で息を吹き返す形である。
今回の日米首脳会談は、トランプ政権が対日政策でどう向き合うのか分水嶺であった。トランプ大統領は、大統領選中に同盟・友好国にも関税率引上げを迫ると広言してきた。それだけに、日本へもどのような姿勢をみせるのか関心が集まっていた。
日米首脳会談は、トランプ氏が結果として「日本の価値を再認識する」場になった。日本に対して別個の関税引き上げも防衛費増額も要求しなかったからだ。その上、「同盟国を100%防衛する」とまで発言して、日米蜜月化を強く印象づける結果になった。
その後の国内世論調査では、石破首相支持率が5ポイント上昇の44%(NHK)になり、政権発足時に戻った。国内も安堵したのであろう。
米鉄鋼業に不可欠な支援
一度は「死んだ案件」の日鉄・USスチール問題が、「所有」でなく「投資」という形で蘇る可能性を見せ始めた理由は何かだ。
米国鉄鋼業は、USW(全米鉄鋼労組=組合員数86万人)という巨大労組が控えており、これが政治力を発揮して保護主義を推進している。選挙の度に組合員だけでなく、家族やOBを含めれば膨大な圧力となって、政府に保護を求めてきた。これが逆に、米国鉄鋼業の競争力を奪うことになった。
米国鉄鋼業の粗鋼生産コストは、日本の1.5倍とされる。製品化段階になれば、さらにコスト差が拡大するという最悪事態へ落ち込んでいる。かつては、輝ける米国鉄鋼業のトップであったUSスチールが、22年粗鋼生産高(1,449万トン)で全米5位まで転落する痛ましさだ。日鉄は、同4,4437万トンである。日本で首位、世界では4位だ。
日本の高度経済成長時代、USスチールは八幡製鉄(日鉄の前身)すら足下にも及ばない競争力を持っていた。それが今、日鉄と合併しなければ高炉閉鎖止むなしという事態へ追い込まれている。往事を知る者には、信じがたい現象だ。米国鉄鋼業の零落原因は、既述の通り、保護主義による単純な価格引き上げが、企業合理化努力を怠らせた。
日鉄が、米国鉄鋼業より優れている点は次の2点だ。
1)高性能鋼材の開発 耐久性や軽量化に優れた鋼材を開発し、自動車や航空機、建築分野での需要に応えている。高張力鋼はその一つだ。軽量化に大きく貢献している。
2)環境対応技術 カーボンニュートラルな製鉄技術やリサイクル技術の進展により、環境負荷を低減している。電気炉や水素製鉄法を開発している。
米国鉄鋼業は技術的に時代遅れだが、鉄鋼需要はGDP世界1位の国だけに最先端を行く。この需要と供給のギャップを埋めるには、最新技術を擁する日鉄が、米鉄鋼業へ参入することである。トランプ氏は、米国鉄鋼業の惨状を肌身で知り、日鉄・USスチールの「投資」強調という組み合わせに賛成したものだ。
実は、この投資が「くせ者」という指摘がある。投資概念は、所有概念とは異なるとして、日鉄が吸収合併という所有概念を、投資概念へ縮小することは、米国の契約法における「Good Faith(グッドフェイス)」(日本民法では「信義誠実の原則」)からみて逸脱しているというのだ。つまり、トランプ氏は、日鉄から資金を絞り出す手段として「投資」を強調しているというのだ。
日鉄が所有から投資へという認識を変えた主張は、石破首相提案である。事前に当然、日鉄の意向をくみ取っている。日鉄も、所有(子会社)が目的でなく投資を主張している。となれば、米国契約法を盾に取って、米国が日鉄から資金を絞りとる手段に利用するとの指摘は、極めて飛躍した議論という印象を受ける。トランプ氏が「豹変」しただけに、その意図をいぶかっているのであろう。石破首相の提案は、経産省・財務省・外務省がチームを組んでひねり出した結論である。法的には裏付けを持っているのであろう。