異例の免震化工事が進行中!「日本銀行本店本館」のトリビアいろいろ=久保田博幸

重要文化財の「日銀本店本館」は、2016年10月から免震化工事が行われています。今回はそのモデルとなった銀行や建築に携わった有名な人物など、日銀の豆知識をご紹介します。(『牛さん熊さんの本日の債券』久保田博幸)

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「日銀本店本館」の建築に携わった有名人物ほか、豆知識まとめ

ベルギー国民銀行をモデルに作られた「日本銀行本店本館」

国の重要文化財に指定されている日本銀行本店本館1896年2月に竣工した。日銀の開業当初の店舗は永代橋のたもとにあったそうであるが、手狭なうえ都心からやや遠かったこともあり、開業の翌年に店舗の移転が決定されたそうである。

日銀の設立に際して、創設者でもある松方正義はフランス蔵相レオン・セーから「モデルとしては比較的設立が新しいベルギー国民銀行が良いのではないか」といった助言を得ていた。

このため、ベルギー国民銀行がモデルにされたが、建物そのものもベルギー国民銀行を参考にしたとされている。ちなみに、本館建物を上空からみると円の形に見えるが、当時の「円」は「圓」を使っていたことから偶然である。

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建設事務主任は「高橋是清」

日本近代建築界の先駆者であり、東京駅も手掛けた建築家の辰野金吾が設計し、建設事務主任となっている。監督は安田財閥の祖である安田善治郎である。さらに建設事務主任となったのが、あの高橋是清であった。

高橋是清は、森有礼の友人で農商務省次官の前田正名が持ち込んだペルーの銀山開発の話に乗って、農商務省を辞して鉱山経営のためにペルーに赴くものの、騙されて無一文になってしまった。さすがに責任を感じていた前田は、高橋に第三代日銀総裁の川田小一郎を紹介し、高橋は日銀に入行することとなる。まずは現場からとの高橋の意向もあって、建設事務主任となったのである。ちなみに、辰野金吾は唐津の洋学校での高橋是清の教え子でもあった。

日銀本店工事では高橋是清の力が存分に生かされ、大幅に遅れていた工事はほぼ予定通りに進捗した。この実績が高く評価され、高橋は入行の翌年には全国二番目の支店となった日銀西部支店の初代支店長となり、その後、横浜正金銀行本店支配人となっている。その後、日銀総裁となり大蔵大臣、さらには首相にもなっている。

日銀本館の建設にあたり、1891年に発生した濃尾地震の教訓から、高橋是清の指示で建物上部を軽量化し耐震性を高めた。このため、1923年の関東大震災でも建物そのものへの被害は限定的だったようである。しかし、火災により創業以来の貴重な資料とともに、2階の廊下の両側にあった総裁の肖像画もすべて焼失した(現在展示している肖像画はその後再製されたもの)。

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