直面した課題:冷媒規制と市場の読み違い
昨年(2025年3月期後半)にかけて、ダイキンはアメリカ市場で苦戦し、ディーラーシェアが低下しました。これは、前述の「市場最寄り化戦略」が裏目に出た結果と言えます。
アメリカでは、2025年から環境負荷の大きい冷媒(R410A)を使用したエアコンの生産が法的に禁止されることが数年前から決まっていました。R410Aは、二酸化炭素の約2,090倍の温室効果を持つと言われる冷媒です。
ダイキンはこれに対応するため、より温室効果の小さい冷媒R32(二酸化炭素の約675倍)を使ったエアコンの生産を先行して増やしました。しかし、他社の多くは、生産禁止となるR410A冷媒を使用した既存在庫を、安価で大量に売り切る戦略をとりました。市場は価格の安さを優先し、温室効果の大きいR410Aエアコンの需要が一時的に高まったのです。
結果として、ダイキンは市場が求めたR410Aエアコンを十分に提供できず、R32の増産に注力したものの、ディーラーシェアを落とすことになりました。これは、需要の先読みが市場の動向と乖離したためであり、昨年度のダイキンにとって非常に厳しい状況でした。
利益率改善の軌跡:経営方針転換と高付加価値戦略で株価回復
しかし、足元の2025年3月期第1四半期(1Q)決算を見ると、状況は大きく好転しています。販売台数自体には大きな変化は見られず、特に住宅用ユニタリーは前年比マイナス13%と依然厳しい状況ですが、ディーラーへの個別訪問によりシェアはやや回復しています。業務用の大型空調機であるアプライド事業のデータセンター向けは引き続き好調を維持しています。
注目すべきは、売上高が微減したにもかかわらず、営業利益が前年同期を上回り、営業利益率が改善した点です。
- 2024年1Qの売上高
- 2024年1Qの営業利益
- 営業利益率
約1兆2,300億円 → 2025年1Qの売上高:約1兆1,900億円(微減)。
約1,100億円 → 2025年1Qの営業利益:約1,200億円(増加)。
約8%台 → 約10%前後まで回復。
この「売上減益増」の決算は市場から非常に好意的に受け止められ、足元の株価上昇に大きく寄与していると考えられます。
なぜ利益率が上がったのでしょうか? その背景には、経営陣による抜本的な方針転換があります。
<数量・売上重視から利益率・資本効率重視へ>
以前は販売台数の回復に注力し、多少単価を下げてでもシェア確保を目指す「数量・売上重視」の姿勢が見られました。しかし、利益率の低下が続いたため、各地域の現地法人に対し、売上が多少落ちても利益をしっかり確保するよう営業方針が変更されました。
<製品ミックスの改善(高付加価値化)>
利益率の高い、中高級帯・ハイエンド機種の販売を強化。
日本では他社が値下げを行う中でも、ダイキンは高級エアコンの販売を継続。
アメリカでは、R410Aの生産禁止によって、ダイキンが先行して生産していた環境負荷の低いR32モデルが今後主流になることが期待されており、単価維持や引き上げ、製品ミックス改善により、粗利率の高い製品がより売れるようになりました。
<徹底したコスト管理>
生産効率改善、原価低減、調達戦略の最適化など、管理コストの最適化を徹底。例えば、同じ金属でもより安価な素材に変更するなど、細かな改善が行われました。
米国の関税(年間75億円相当のコスト増)のような外部要因によるコスト増も、販売価格への転嫁やコスト削減で吸収し、利益率向上に貢献しています。
このように、販売台数が伸び悩む中でも、いったん「売上」を抑え、価格を維持・引き上げ、徹底したコスト削減を行うことで、利益率を改善させる戦略が功を奏しました。
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