水素事業の「期待」と「現実」:岩谷産業の立ち位置
岩谷産業の将来を語る上で不可欠な水素事業ですが、その大きな可能性と、現在の厳しい現実について詳しく見ていきましょう。
<なぜ水素がこれほど注目されるのか?>
水素が注目される理由は主に以下の3点です。
- 脱炭素エネルギー
- 高エネルギー密度
- 無尽蔵な資源
水素を燃焼させても二酸化炭素(CO2)が排出されません。熱エネルギーを創出し、発電に利用できるため、地球温暖化対策の切り札として期待されています。
ロケット燃料にも使われるほど、非常に高いエネルギーを出すことができます。宇宙全体の約70%を水素が占めると言われ、太陽のような恒星も水素の核融合で輝いています。
地球上には単体の水素ガスは少ないものの、水や様々な化合物として大量に存在します。化石燃料のような枯渇リスクが少ないため、持続可能なエネルギー源として期待されています。
<岩谷産業の水素事業における圧倒的優位性>
岩谷産業は、日本の水素市場において圧倒的なシェアを誇っています。
- 国内シェア70%
- サプライチェーンの全域に関与
- 強力なパートナーシップ
液化水素市場では100%、圧縮水素市場では約70%と、両方を合わせると国内シェアの70%を占めています。
水素の製造から、トレーラーによる輸送、水素ステーションの運営、さらに様々な商用化実証に至るまで、水素のサプライチェーンのあらゆる段階に岩谷産業が深く関与しています。
三菱重工(液化水素圧縮機の開発)、コスモエネルギー(水素ステーションの整備)、川崎重工、大林組など、多くの国内大手企業と連携し、水素サプライチェーンの構築を推進しています。自社の優位性を生かしつつ、他社のパワーも借りながら水素社会の実現を目指しています。
<水素事業の現実的な課題とコスト問題>
大きな期待が寄せられる水素事業ですが、その実態には依然として大きな課題が山積しています。
- 課題その1:高コストな製造プロセス
- 課題その2:グリーン水素はさらに高価
水を電気分解して水素を製造する際や、水素ガスを-253℃まで冷却して液化する際には、大量の電力が必要です。現状では、この電力供給に天然ガスや石炭などの化石燃料由来の電力が使われることが多く、必ずしも「エコ」とは言えないのが実情です。これは電気自動車(EV)が走行時にCO2を出さない一方で、その電力の発電過程で化石燃料が使われているという議論と類似しています。
真にクリーンなエネルギーとして期待される、再生可能エネルギー由来の電力で作る「グリーン水素」は、化石燃料由来の水素に比べて約10倍もの製造コストがかかります。この高コストが水素の本格的な商用化を極めて困難にしています。
【企業による撤退事例】
・関西電力の豪州グリーン水素事業撤退:2024年11月、関西電力がオーストラリアでのグリーン水素製造事業から撤退を発表しました。製造コストが想像以上に高く、採算が見込めないことが理由です。実は岩谷産業もこのプロジェクトに協力していました。・岩谷産業の欧州水素事業撤退:2025年3月には、岩谷産業自身もヨーロッパの水素製造・輸入事業から撤退し、現地の事業所を閉鎖しました。現地の追加出資見送りなどにより、プロジェクトの継続が困難になったためとされています。
これらの事例は、水素の輸入や発電事業が、現状ではまだコストの壁に直面しており、採算が難しいという現実を示しています。
- 課題その3:水素事業の売上規模
岩谷産業全体の売上高約8,800億円のうち、水素事業の売上高は約200億円と、産業ガス事業全体のわずか8%程度に過ぎません。ヘリウム事業の売上高約400億円と比較しても小さいのが現状です。ヘリウム市況の悪化による影響を、水素事業の成長だけで相殺しきれないのは、この売上規模の差が原因です。
岩谷産業への投資判断:長期的な視点が必要
水素関連ビジネスの成長に期待して岩谷産業に投資するという戦略は、同社が市場で高いシェアと競争力を持っており、サプライチェーン構築に向けた努力を続けていることを踏まえると、決して間違った選択肢ではないと考えられます。
しかし、水素事業の本格的な実現には、まだかなりの時間がかかるというのが現状です。