2025年9月1日に開催された、TDK株式会社「TDK Investor Day 2025 未財務資本を通じた企業価値向上に向けて」の内容を書き起こしでお伝えします。
TDK Investor Day 2025 未財務資本を通じた企業価値向上に向けて
齋藤昇氏(以下、齋藤):みなさま、こんにちは。本日は大変蒸し暑い中、お集まりいただきありがとうございます。社長執行役員CEOの齋藤です。これより「TDK Investor Day 2025 未財務資本を通じた企業価値向上に向けて」を開催します。
本題に入る前にお知らせがあります。本日より、長期ビジョンの一環として、当社のブランドアイデンティティをTransformします。企業ブランドの価値向上は、未財務資本の重要な要素の1つと考えています。
まずは、動画をご覧ください。
In Everything, Better
(動画流れる)
長期ビジョン「TDK Transformation」を加速させる、新しいTDKの姿はいかがでしたか? スマートフォンやEV、産業機器からAIエコシステムに至るまで、世界のあらゆる場所、見えないところで当社の技術が活躍しています。
つまり、社会のTransformを「In」つまり内側から支えている、また今後も支えていくのがTDKです。
人々の生活を支えるあらゆるものに組み込まれ、技術とVenture Spiritで内側から、社会にインパクトを与えるイノベーションや進化のドライバーとなる存在でありたいと考えています。
Transformすることは、言葉を変えれば、我々も社会もBetterになっていく、Betterであり続けるということです。
長期ビジョンを昨年発表しましたが、今だからこそ、このブランドアイデンティティもTransformし、それが長期ビジョンの達成を実現するドライバーになると考えています。
本日のアジェンダ

本日のアジェンダです。まず私からOpening Remarks(開会の辞)を述べた後、CHROセッション「人的資本経営について」、続いてCTOセッション「最先端技術開発について」、最後にQ&Aを行います。
なお、本日は決算発表ではありませんので、少し柔らかめの会にできればと思っています。どうぞよろしくお願いします。
Opening Remarks

本日のポイントをご説明します。
私のコミットメント(2024年5月Investor Day資料 再掲)

本日ご説明するのは、現中期経営計画における私のコミットメントの4つ目の「将来キャッシュ・フローの源泉」、すなわち財務資本につながる未財務資本を高める経営の強化についてです。
企業価値向上に貢献する未財務資本

このスライドは、先日発行した「TDK United Report」(統合報告書)にも掲載しているものです。
企業価値向上に向けた取り組みにおいて、財務資本と未財務資本の強化がどのように企業価値(PBR)の向上に関係しているかを示した相関図です。本日は、赤枠で囲んだ「人的資本」と「知的資本」の取り組みについてご説明します。
長期ビジョン:TDK Transformation

持続的な企業価値の向上を目指すため、昨年度から長期ビジョン「TDK Transformation」を掲げています。
未財務資本は、この長期ビジョンの実現に大きな基盤として貢献しており、引き続き強化していきます。
TDKはTransformationを通して成長を続けています

このスライドも統合報告書に掲載しているものです。TDKは、これまで材料とプロセスのコアテクノロジーをベースに、事業のTransformationを通じて持続的な成長を実現してきました。そのドライバーとなったのが、多様性を尊重する文化と「機能対等」の精神です。
オーガニック成長と並行して、その成長を加速・強化すべく、積極的にM&Aを取り入れてきました。
異なる文化、個性を尊重し、組織の壁を越えてオープンに学び合うことにより、「TDK United」として、オーガニックおよびインオーガニックに、事業のTransformationを実現してきました。
企業価値向上に貢献する未財務資本

このTransformationをさらに加速させ、フェライトツリーを大きく成長させていくためには、木の根っこの部分、すなわち未財務資本をさらに強化させていくことが重要です。
この木の根っこの成長を支えているのが、当社独自の企業文化です。その中でも、Venture Spiritと多様性の尊重を維持・発展させていく、ドライバーとしての「機能対等」についてご説明します。
TDK独自の企業文化“機能対等”

機能対等は、みなさまにとって聞き慣れない言葉かもしれません。一般的な組織運営のリーダーシップでは、スライドの左右の図のとおり、トップダウン型のリーダーシップと、サーバント型リーダーシップという考え方があります。
一方で、当社の場合は、縦の垣根や横の垣根を取り払い、オープンな議論を促す組織風土があります。すなわち、役職には上下はあるが、役目すなわち機能には上下がないという「縦の機能対等」の精神があります。
また、部門間の垣根を越えて、オープンに提案や意見交換を行う「横の機能対等」の精神もあります。
この精神が、多様性やVenture Spiritを掻き立て、イノベーションを持続的に生み出し、Transformationを実現していく大きなドライバーになっています。
AIエコシステム全体に貢献し、成長を目指します

このような独自の企業文化でイノベーションを加速し、今後のAIエコシステムに貢献し、さらなる成長を実現していけると考えています。
本日は、CTOの橋山より、AIエコシステムの将来に大きく貢献する最先端技術であるスピントロニクス、具体的な事例としてニューロモルフィックデバイスとスピンフォトディテクタについてご説明します。
また、人的資本経営については、機能対等の文化から生まれた「SensEI」や、社内ベンチャーの事例を含めて、この後、CHROのケラーよりご説明しますので、どうぞよろしくお願いします。
司会者:なお、本日から齋藤が「LinkedIn」でデビューしましたので、みなさまぜひフォローをお願いします。続いて、専務執行役員CHRO 兼 人財本部長のAndreas Keller(アンドレアス・ケラー) より人財戦略についてご説明します。
人的資本経営について イノベーションとインクルーシブな成長の推進

アンドレアス・ケラー氏(以下、ケラー):みなさま、こんにちは。本日はTDKの人事戦略についてお話しさせていただくことを非常に光栄に思います。「イノベーションとインクルーシブな成長の推進」と題して、TDKの成長についてお話しします。
企業価値向上に貢献する未財務資本

「未来のフェライトツリー」について、スライド左の私たちの独自の企業文化について、もう少し詳しくご説明します。とりわけ、機能対等はTDKのVenture Spiritの基盤でもあり、ダイバーシティを推進するうえでも非常に有益な要素です。
グローバル企業への進化に伴い、 変化するビジネスニーズに対応すべく人財本部も変革

この機能対等についてお話しする前に、この数年におけるTDKの歴史と進化についてお話しします。
スライド中央の円グラフは、全世界で10万人以上のチームメンバー(従業員)を持つTDKグループの従業員構成を表しています。大半のメンバーはM&Aを通じてTDKに加わっており、もともとのTDKの従業員は全体の4分の1に過ぎません。
スライド左にはさまざまな企業名が記載されていますが、これらは長年にわたりTDKグループの一員となった企業です。
私たちの人事戦略も、このような状況に順応していく必要がありました。例えば、グローバル人財本部を東京ではなく、ドイツのミュンヘンに設置しました。
また、スライド右の円グラフのとおり、グローバル人事体制も再編しました。ジェンダーの多様性については、私が2017年にグローバル人財本部のトップに就任した当初は、女性HRリーダーの割合は10パーセントでしたが、現在では46パーセントに上っています。
日本人と外国人の割合についても、2017年には10パーセントでしたが、現在では74パーセントになっています。これらは大きな変化であり、現在のTDKの現状を如実に表しています。
「TDKのM&Aの成功率はなぜそんなに高いのだろう?」と思うかもしれませんが、当社の経営の基本原則は、「Empowerment & Transparancy(権限委譲と透明性の確保)」です。
Empowerment(権限委譲)はエンゲージメントの原動力であり、Transparency(透明性)は信頼を醸成しますが、違いを生むのは機能対等です。統合後のチームの協働を促進し、摩擦や力の不均衡を減らしています。この3つのコンビネーションが、円滑なM&Aの秘訣だと考えています。
TDK 独自の企業文化“機能対等”

齋藤さんからもご説明しましたが、特にスライドの中央の、機能対等についてもう少し掘り下げていきます。
スライドに記載のとおり、TDKでは、役職に上下はあるが、役目すなわち機能に上下はなく、意見は平等に扱われます。この考え方は、新しくM&A活動を通じてTDKグループの一員となった方々にも当てはまります。
つまり、TDKファミリーに加わった時点から、機能対等の原則が適用されるのです。
コミュニケーションスコアを注視し機能対等に基づく企業文化の向上へ

機能対等が本当に成功しているかを測定するために、チームメンバー(従業員)のエンゲージメント調査を実施しています。
特に、コミュニケーションスコアを重視しています。なぜなら、このスコアを通じて、世界各地のチームメンバーがそれぞれどのようにコミュニケーションを取っているかがわかるからです。
つまり、さまざまな障壁を取り除きながら、相互に円滑にコミュニケーションが取れ、協働や協力ができているかどうかを見ています。
このエンゲージメント調査では、世界各地のチームメンバーからフィードバックを受け取りますので、施策の微調整を行うとともに、チームメンバーのコミュニケーションや協働を向上させ、TDKの価値創造につなげています。
グローバルマネジメント育成プログラムにより、 リーダーシップ人財のパイプラインを構築

M&Aを通じて新しいメンバーをどのように受け入れ、グローバルリーダーとして育成しているのかご説明します。もちろん、既存のメンバーもその対象に含まれます。ここ数年間で、さまざまなグローバルマネジメント育成プログラムを新たに設けています。
スライドに記載のとおり、このプログラムには、さまざまな組織のメンバーをつなぐ機能があります。また、機能別のメンバーだけでなく、以前からTDKのメンバーであった方や新しくTDKファミリーに加わった方も、すべてを対象としています。
人財のパイプラインを充実させるとともに、次世代リーダーを育成する継承計画も進めています。
さらに、スライド右の白い丸の中には、女性参加者比率を記載しています。私たちは女性の参加率に目標を設定し、その進捗状況を測定しています。つまり、ジェンダーダイバーシティを当社の成長シナリオに取り込んでいるとご理解ください。
水平の機能対等:組織の垣根を超えたTDK SensEIの発展

ここからは機能対等について、事例を挙げてご説明します。スライドは、水平の機能対等の事例です。TDK SensEIは、新たに設立された会社です。この会社はエッジセンシングデバイスを開発していますが、もともとのアイデアは、「GEMP(Global Executive Management Program)」に参加していたセンサ事業部門以外のメンバーによるものです。
TDK SensEIが開発した「edgeRX」は、AIを搭載したエッジセンシングデバイスを使用して、産業機械の健全性を監視し、予知保全を実現するプラットフォームです。
縦の機能対等:社内インキュベータープログラム TDK Kindergarten

縦の機能対等の事例として、「TDK Kindergarten」をご紹介します。当社の「GEMP」から生まれた、当社の社内インキュベータープログラムの1つです。
スライドの図の左下に記載の事業グループでは、既存の市場や技術に注力し、短期的な事業成長に注力しています。また、R&Dでは中長期的な取り組みに重点を置いています。
TDK VENTURESは、それよりも外部の取り組みに注力しています。同時に、既存メンバーの知見やアイデアを活かしたいと考え、内から外への発想を積極的に取り入れようとしたのが「TDK Kindergarten」です。
役職や組織の垣根を超えた多様なメンバーが「TDK Kindergarten」で新たなビジネスアイデアを創出

スライド左の円グラフは、「TDK Kindergarten」の参加者構成を示しています。参加者は非常に多様で、多岐にわたっています。例えば、研究開発部門の方だけでなく、いわゆる起業家精神を持つメンバーも参加して貢献できる仕組みです。
TDKに入りたいという新規のメンバーや候補者に「TDK Kindergarten」のコンセプトをお話しすると、興奮して目を輝かせます。このような大規模な会社であっても、チームメンバーが自分たちのアイデアを表現できる仕組みに感銘を受けるのです。
スライド右側のグラフは、年間のアイデア提出推移を示しています。
2企業がTDK Kindergartenにより設立

この「TDK Kindergarten」を通じて、実際に2つのスタートアップ企業(ビジネスモデル・ソリューション)が設立されました。
スライド左の「DENPAFLUX」は、業界初のインタラクティブなEMC可視化プラットフォームです。
スライド右の、PFASuikiという会社では、PFAS(有機フッ素化合物)を恒久的に分解する持続可能な技術の開発に取り組んでいます。この問題は現在、人類にとって非常に大きな課題となっています。
このようなソリューションを通じて、TDKのチームメンバーは社会に大きく貢献しています。
CHROセッションまとめ

CHROのセッションまとめです。TDKの人的資本経営は、人財のTransformationにより、TDKのTransformationを加速させることです。機能対等の精神こそが、ダイバーシティやイノベーションを促進させる成長ドライバーであり、TDK Venture Spiritを育成するものです。
そして、さまざまな個性のぶつかり合いから生まれる、つながり、創造性、融合によりイノベーションを創出させます。私のプレゼンテーションは以上です。
本日のスピーカー(パネルディスカッション:人的資本経営)

これからはパネルディスカッションに移りますが、まずは我々の人財本部にどのようなメンバーがいるのかご紹介します。
TDKの多様性を最大限に活かすために、私を含めて5人の主要なメンバーがいます。彼らは非常に多様な背景を持ち、日本、米国、中国、そしてドイツ出身のメンバーで構成されています。そして、そのうち2人が本日のパネルディスカッションに出席します。
1人目のAngela Yuan(アンジェラ・ユエン)さんは、人財本部の副本部長で、もともとはTDKのグループ会社で、香港に拠点を置くATL社の人事責任者でした。2人目の平岡朋代さんはグローバル人財開発統括部の副統括部長であり、ドイツのミュンヘンに駐在しています。以前は、グローバルな化学企業でCHROを務めていました。
齋藤:それでは、トークセッションに移りたいと思います。
ケラー:ユエンさんは、中国のATLが非常にスピーディに大成長を遂げた時期に働いていましたが、現在、TDKのグローバルHRの組織についてはどのようにお考えでしょうか?
アンジェラ・ユエン氏(以下、ユエン):子会社や地域の立場から見ると、グローバルHRは「コネクタ」として役割を果たします。さまざまな事業や地域をつなぐだけでなく、変革の触媒としても機能し、TDKの全体戦略を支える重要な役割を担っていると思います。
特に、現在の地政学的な環境を考えると、グローバルHRの重要性が一層高まっていると感じます。グローバルHRは、国境を超えてサステナブルで拡張性のある成長をもたらすことが求められていると考えています。
齋藤:ATLでは、グローバルな人事組織とどのように連携し、機能していたのですか?
ユエン:齋藤さんもATL本社を訪問してくださったことがありましたが、その際に、新しいリーダーシップ開発プログラムをご紹介しました。このプログラムは、組織能力開発を目指したものです。
グローバルHRは非常にオープンで、ベストプラクティスを迅速に共有しています。TDKは非常に多様であることから、このベストプラクティスをどのように他のチームメンバーと共有できるか、またTDK Transformationの戦略にどのように落とし込めるかを検討しました。
社内には優秀な人財がいるため、機能や分野を横断的に、コーポレートコミュニケーションとともに「これをやっていこう」ということで、それぞれの課題をシミュレーションしました。そして、それぞれの状況に適した解決策を導き出しました。
このアイデアを中国で紹介してからわずか6週間で、TDKグループからなんと22の企業、14のさまざまな機能から80人ものリーダーが集まり、つながって実現させたのです。
まさにこれこそが機能対等であり、Venture Spiritを体現した、成功・成長に向けた1つの好事例です。
そして、中国地域からスタートしたパイロットプロジェクトが、あっという間にアジアやインドへ拡張しました。このようなベストプラクティスの共有が、TDK全体の組織のTransformationに影響を与えていると考えています。
齋藤:非常にエキサイティングな内容だと伝わってきました。それでは、平岡さんはグローバルHRのリーダーですが、ドイツ・ミュンヘンからどのようにしてチームを運営しているのですか? また、他の日本企業と比べてTDKはいかがですか?
平岡朋代氏(以下、平岡):現在、私はミュンヘンでグローバルHRをリードしています。このグローバルチームには約30名が所属しており、そのうち17名がミュンヘンで仕事をしています。
齋藤さんへのクイズです。この17名のうち、ミュンヘンに実際にいる人たちの国籍は何ヶ国だと思いますか?
齋藤:答えは「たくさん」です。
平岡:おっしゃるとおり、たくさんです。17名で11の国籍があります。この組織自体が非常に多様性に富んでおり、文化的な背景も多様です。
これがグローバルHRのチームですが、私たちのドライバーは、相互の尊重はもちろんのこと、自分をオープンに表現できる文化だと思います。そして共通の目標に向かって邁進する姿勢です。これだけ多様であっても、みんなが1つの方向に向かって力を合わせています。
私の視点では、TDKには「ラショナルコンプレクシティ(rational complexity)」という考え方があると思っています。これまで戦略的に複数の企業を買収してきた企業であるからこそ、それぞれの独自の強みを維持しながら競争力に直結させる必要があります。
その競争力を維持し、強化していくために、アライメント(調整)を図りながら、自律を保ちつつお互いが連携することが、TDKにとって重要だと考えています。
ケラー:平岡さん、我々の人事戦略についてどのようにお考えでしょうか?
平岡:TDKのユニークさは、ダイバーシティにあります。我々の人財プールは非常に多様です。また、当社には機能対等があり、ダイバーシティの推進に非常に力を入れています。
例えば、ケラーさんがプレゼン内で「TDK Kindergarten」から生まれた「DENPAFLUX」とPFASuikiについて紹介していましたが、私自身も同じオフィスにいますので、毎日のように情報を共有しています。
これには人事に関するトピックも含まれています。私自身もこのような事業に関わり、人事について話し合いを行い、そのプロセスの中で新たなアイデアやインスピレーションを得ています。
多様性があるからこそ、さまざまなアイデアが得られるのだと思います。そのため、私のような人間が、ダイバーシティの力を、身をもって理解することが重要だと思います。そして、組織を通してこの考えをさらに広げていければと思っています。
ケラー:次の質問ですが、我々の人事アプローチに何かリスクはあると思いますか?
平岡:もちろん、リスクはあると思います。自律とアライメントのバランスは簡単そうに見えますが、実際には難しいものです。自律があまりにも勝ってしまうと、組織が大きく分散した状態になってしまいます。
そのような事態を避けるためには、ケラーさんもおっしゃっていたとおり、チームメンバーのエンゲージメントを高めることが不可欠であり、コミュニケーションが重要です。
当社では、コミュニケーションスコアを経営における重要指標としてモニタリングしています。従業員の声をフィードバックとして受け取り、トップマネジメントチームをはじめ、グローバルな取り組みを支えるすべての関係者に対して、複数のチャネルを通じてコミュニケーションを行っています。
コミュニケーションは、TDK Unitedにおいて非常に重要なコネクタだと思います。
ケラー:わかりました。それではユエンさん、この機能対等にはどのような課題があると思いますか? 機能対応についてさまざまなお話が出ましたが、マイナス面もあるのではないでしょうか?
ユエン:この機能対等は、多くの視点や意見に耳を傾ける必要があるため、時には意思決定にブレーキをかけてしまうことがあります。ただし、プレゼンでも触れましたが、当社ではこの機能対等やVenture Spiritなど、TDK独自の企業文化が組み合わされている点が強みです。
これらをうまく組み合わせ、全員がゴールやミッションを共有できれば、意思決定が迅速化し、組織として成長するとともに非常に良い結果が得られるのではないかと考えています。
私は、このような機能対等やVenture SpiritをATLでも経験しています。ATLにも「カンパニービジネスオーナーシップ」という似たような精神がありました。これを組み合わせることで、TDKにおいては、機能対等を活用して革新的かつ、非常にアジャイルに生産性を高めることができると考えます。
ケラー:何か事例はありますか?
ユエン:もちろんです。非常に良い1つの事例として、ATL執行役員・TDK中国本社GMのJoe Kit Chu Lam(ジョー・キット・チュー・ラム)さんは、「GEMP」に参加し、他の事業と協力して議論を重ねた上で、AIを搭載したエッジセンサの製品「SensEI」のビジネス提案を行いました。
このビジネスは急速に成長し、メンバーは米国、シンガポール、日本、中国に分かれて活動しており、大きな可能性に満ちていると思います。これはまさに「TDK United」のアクションの良い事例であり、横の機能対等を象徴していると思います。
齋藤:私もこのストーリーをはっきりと覚えています。さて、1時間、2時間と語り続けられる内容ですが、ひとまずこれで終わりたいと思います。
私は今回、自信をさらに高めることができました。より多くの成果がUnited HRの力によって、私たちの未財務資本を財務資本に変えることができると確信しています。みなさま、ありがとうございました。
ユエン:ありがとうございました。みなさま、がんばりましょう。
最先端技術開発について

橋山秀一氏(以下、橋山):みなさま、本日は誠にありがとうございます。執行役員CTO 兼 技術・知財本部長の橋山です。ここからは、当社における最先端技術開発の事例を2つご紹介します。
材料技術×プロセス技術で培ってきた技術からスピントロニクス技術を生み出してきました

本日、何度か紹介しているフェライトツリーにも表現されているように、当社はこれまで材料およびプロセス技術を進化させ続けることで成長を続けてきました。
ツリー内の薄膜磁気ヘッドから派生する分野において、最も重要な要素の1つは、スピントロニクス技術だと言えます。この技術を磨き続けることで、HDD用の磁気ヘッドを進化させ続ける一方で、TMRセンサ事業を、ICTおよび車載市場で大きく成長させることができました。
TDKのスピントロニクス技術

スピントロニクスは、「スピン」と「エレクトロニクス」を組み合わせた言葉です。スライドにも記載のとおり、電子が持つ「磁気」と「電気」の特性を同時に使う技術です。言い換えると、磁気信号を電気信号に変換する技術とご理解ください。
当社ではこの技術を応用し、スライド右の写真のような、HDD用磁気ヘッド、TMRセンサ、不揮発性メモリなどを実現してきました。
増大するエネルギー需要の課題を機会ととらえ、社会のTransformationに貢献します

みなさまもご存知かと思いますが、データセンターの電力消費が社会課題となっています。
スライド左のグラフは、今後の電力消費の予測を示しています。この電力消費は、大きく2つの要素から構成されています。1つ目はコンピューティングエリア、つまり演算による電力消費です。2つ目は通信に関する電力消費です。
また、スライド右のグラフは、2つ目の要素である通信に関する部分の省電力化に貢献する、フォトニクス集積回路の市場予測を示しており、大きな成長が見込まれています。つまり、AIデータセンターの省電力化に向けた技術には期待が集まっていることを示しています。
スピントロニクス技術から派生したニューロモルフィックデバイス

本日ご紹介するスピントロニクスを応用した最先端開発案件の1つ目は、ニューロモルフィックデバイスです。
ニューロモルフィックデバイスとは

ニューロモルフィックデバイスは、人間の脳を模したアナログコンピューティングを実現するためのデバイスです。
実は人間の脳は、20ワット程度の小さなエネルギーで複雑な計算を行っています。つまり、シナプスとニューロンで構成されたコンピューターと言うことができます。
一方で、スライド右に示したとおり、ニューロモルフィックデバイスは、シナプスの代わりのメモリスタ(アナログのメモリ)、ニューロンの代わりの半導体回路で構成されるデバイスです。
この技術によりアナログコンピューティングを実現することができ、データセンターの電力消費要素の1つであるコンピューティング、つまり演算側の省電力化に貢献可能だと考えられています。
ニューロモルフィックデバイスの技術優位性

ニューロモルフィックデバイスを既存のAI半導体と比較すると、消費電力を2桁小さく、つまり100分の1に抑えることができます。
スライド右に示したとおり、メモリとプロセッサを一体構造にすることで、配線によるロスを抑えるのと並行して、データのアナログ処理による演算負荷低減で、低消費電力化を実現しています。
当社が開発しているのは、この中のメモリスタの部分ですので、メモリスタの特性についても少し触れておきます。既存のメモリスタと比較して、データ保持性が高いという特徴があることも補足しておきます。
センサと組み合わせたエッジAIソリューションにより、 超低消費電力社会に貢献します

この技術の応用例についてお話しします。低消費電力が特徴になりますので、データセンターにおける大規模AIというよりは、ニューロモルフィックデバイスと各種センサとの組み合わせによるエッジAIデバイスで、社会に貢献することになると考えています。
先ほどもご説明した「edgeRX」のようなソリューションをイメージしていただくとわかりやすいかと思います。
スピントロニクス技術から派生したスピンフォトディテクタ

スピントロニクスを応用した最先端開発案件の2つ目として、スピンフォトディテクタをご紹介します。
AIサーバーの高速通信に必要とされるフォトディテクタとは

まずは、フォトディテクタとはどのような素子かについてご説明します。フォトディテクタは光通信において、光信号を電気信号に変換するための素子です。
つまり、冒頭でお話ししたデータセンターの電力消費の2つ目の要素である、通信に関する部分の省電力化に貢献する技術となります。
通常のフォトディテクタは、スライド左に示したとおり、半導体素子を使って電気信号に変換しています。ただし、学会等ではその通信速度には限界があるとも言われています。
したがって、将来、さらなる高速通信が望まれることを考慮すると、新たな構造のフォトディテクタが必要だと考えています。
TDK独自のスピンフォトディテクタ

さて、当社では、光信号を検知するのにスピントロニクス技術を応用できるのではないかと考え、実験を重ねてきました。よって、当社にて開発した製品は、スピンフォトディテクタと言います。
レーザーを光源とする光を磁性素子で捉えるのですが、その際に発生する熱によって起こるスピンの変化を検知することで、光信号を電気信号に変換することを可能とするデバイスです。
このデバイスは、光による熱を利用するため、光の波長自体の影響が少なく、赤外から可視光までの広い波長領域で、超高速の光検知を実現できます。
スピンフォトディテクタの技術優位性

従来の技術と比較して、超高速と言える20ピコ秒の応答が可能な技術です。また、素子としても小型であるため、他の素子や回路との組み合わせもしやすくなります。
さらに、磁性材料を使用しているため、半導体のような希少金属を使う必要がない上に、シリコン以外の基板上に実装することも可能だという特徴を持っています。
AI エコシステム全体に貢献し、成長を目指します

本日は、将来のAI社会の課題解決に貢献可能な、2つの技術をご紹介しました。スライドのAIエコシステムのチャートで、赤枠で囲った部分が該当します。
当社は、これら以外にも特徴あるさまざまな技術を通じて、AIエコシステム全体に貢献し続けていきたいと考えています。
CTOセッションまとめ

CTOセッションのまとめです。当社はこれまで機能対等の企業文化をVenture Spiritの推進力とし、新たな技術を創出することでフェライトツリーを進化させてきました。
今後も多様なメンバーが未来を構想し、AIなどの最先端技術や環境変化を捉え、先手の技術開発を行うことで、社会に新たな価値を提供し続けていきます。
本日のスピーカー(パネルディスカッション:最先端技術開発)

続いて、トークセッションに移ります。本日のスピーカーは、元ソニーのCTOで、現在当社の社外取締役を務めている勝本さんです。そして、ニューロモルフィックデバイスを開発している竹内さん、スピンフォトディテクタを開発している山根さんです。
齋藤:まずは私から勝本さんにうかがいます。先ほどCTOの橋山さんからスピントロニクスについてのプレゼンテーションがありましたが、社外取締役として勝本さんからご覧になった、TDKの技術やスピントロニクスに対する期待についてコメントをお願いします。
勝本徹氏(以下、勝本):スピントロニクスに関してコメントする前に、私が非常に感慨深く感じたことについてお話しします。TDKもソニーも1970年代にはカセットテープ、1980年代からはビデオテープで協業しつつ競合していました。
その後、TDKは磁気記録をはじめとした技術を深め、今日のスピントロニクスに至り、総合電子部品メーカーとして発展してきました。一方、ソニーは、テープに記録されていたコンテンツの技術に注目し、それを磨き上げた結果、現在ではエンターテインメントカンパニーとしての地位を確立しています。
フェライトツリーのコアが分岐する前は同じところにいた両社が、まったく異なる方向にTransformationを遂げた点は非常に特徴的だと思います。フェライトツリーが分岐して大きくなるにしたがって、TDKは多くの技術を習得しながらスピントロニクスまでたどり着きましたが、非常にすばらしい可能性を秘めていると思います。
ケラーさんから機能対等やダイバーシティに関するお話がありましたが、ソニーも同様の取り組みをしてきたため、大変興味深く感じました。さらに、TDKがM&Aを通じてさまざまな会社の力を結集することで、ニューロモルフィックデバイスやスピンフォトディテクタのような先進的な製品を生み出すことができるのではないかと感じています。
また、これまでTDKはデバイスや部品を主に一次の顧客、例えばスマートフォンや自動車のメーカーに提供していましたが、最終顧客の価値に着目し、スピントロニクス技術を活用することで、非常に優れた技術的成果を生み出せるのではないかと思いました。
齋藤:社内の期待も非常に高いのですが、勝本さんの目からご覧になっても、非常に高い期待を持たれているということですね。
勝本:非常に高いと思います。
齋藤:次に実際に開発をしている竹内さんにうかがいます。このニューロモルフィックデバイスは、具体的にはどのように使われるのか教えてください。
竹内舞氏(以下、竹内):このニューロモルフィックデバイスは、AIを活用する場面であればどこでも応用可能なものです。私たちは、消費電力が小さいという特徴に加え、「TDK United」でセンサ事業との組み合わせによって、エッジデバイスでの活用を想定しています。
齋藤:エッジ向けのAIデバイスということですが、具体的にはどのような用途で使用されていくのでしょうか?
竹内:一般にエッジデバイスとは、電源供給の限られたデバイスを指し、スマートフォン、ロボット、自動車などが含まれます。我々の生活圏内で利用されるデバイスにおいて、センシングを行い、その場でAI計算を実行する活用を考えています。
齋藤:実際に開発されている方だからこそ、アプリケーションの観点からさまざまな製品や技術を開発していると感じました。この技術は非常に高度で、簡単ではないと思いますが、このニューロモルフィックデバイスを開発する過程で、苦労されたエピソードがあれば教えてください。
竹内:この開発はフランスの研究機関であるCEAと共同で進めているのですが、相互の専門性や言語、文化といったバックグラウンドが異なるため、伝えたつもりでもうまく伝わらないことがあり、共通認識を持つことに苦労してきました。
齋藤:ある意味、これはダイバーシティの壁、つまり多様性の典型例と言えると思います。どのようにその壁を乗り越えているのでしょうか?
竹内:実際に対面で話す機会を設けています。また、一緒に作業をする中で理解を深めて、お互いを尊重し、信頼関係を築くことで、この壁を乗り越えてきました。
齋藤:やはりコミュニケーションが重要であり、Venture Spiritがその原動力となっていると感じました。今後の予定について教えていただけますか?
竹内:今後は私がフランスのCEAに駐在し、技術や文化の壁をこれまで以上に乗り越え、1つのチームとして開発を進めていきたいと考えています。
齋藤:すぐフランスに応援に行きますので、引き続きがんばってもらいたいと思います。「TDK United」として、ぜひ開発をフランスでも加速していってください。
次に、スピンフォトディテクタについて少し深掘りしたいと思います。山根さん、このフォトディテクタの具体的な用途や生活への影響について教えていただけますか?
山根健量氏(以下、山根):AIサーバーの大容量化や高性能化に貢献することで、生活の中で日常的に生成AIの活用が進むと考えています。
齋藤:他の用途についてはいかがですか?
山根:他の用途としては、ARグラスの機能向上に貢献できると考えています。ARグラスは、通常の視野に映像や情報を重ねて表示することができ、音声や通信機能と組み合わせることで、将来的にはスマートフォンに置き換わるデバイスになることが期待されています。
例えば、ARグラスを装着して海外旅行に行った場合、案内情報が直接視界に表示されるほか、視線が合った外国語の看板もリアルタイムで翻訳情報が表示されます。そのため、下を向いてデバイスを操作する必要がなくなります。
さらに、外国人とのコミュニケーションでは、相手の表情や身振り手振りを見ながらリアルタイムで翻訳字幕が表示されますので、スムーズなコミュニケーションが可能です。また、相手もARグラスを使用すれば、相互のコミュニケーションの質が格段に向上すると考えています。
このように、いずれのアプリケーションも私たちの生活をより豊かにするものです。エンジニアとしてはそのことを意識して開発を行うとともに、開発における大きなモチベーションとなっています。
齋藤:私も眼鏡をかけているので、完成したらすぐ購入します。
山根:ありがとうございます。
齋藤:ところで、先ほどのプレゼンの中で「生産において半導体が不要」というお話がありました。半導体は本日ご出席いただいているみなさまも非常に関心の高いテーマだと思いますので、もう少し詳しく説明をお願いします。
山根:従来の半導体フォトディテクタ、特に高速通信向けのものは、産出量が少なく希少な元素を含む材料を用いています。一方、磁性製品であるスピンフォトディテクタは、このような希少材料を含んでいません。
そのため、たとえ希少材料の供給不足が生じたとしても、その影響を受けないという磁性製品ならではの利点があります。
齋藤:よくわかりました。ここまではいわゆる将来の技術、テクノロジーについてお話ししてきましたが、勝本さんにもう1つコメントをお願いしたいことがあります。
これらの技術は、将来的には自社設備で量産化を進めていかなければなりません。勝本さんは元ソニーのエンジニア時代に当社の工場を訪問し、また現在は社外取締役として多くの工場を訪問いただいています。この量産化技術や物作りの技術について、少しコメントをいただけますか?
勝本:両デバイスとも、ぜひ実現してほしいと思っています。私は社外取締役ですが、非常にオープンにさまざまなことを見せていただいています。例えば、スピンを使っているTMRやヘッドの工場、ATLのリチウムイオン電池、積層デバイス、MEMSなど、ほぼすべての工程の製造技術や生産技術を、就任して1年しか経っていない中で見せていただきました。
フェライトツリーが分岐するたびに新しい生産技術や製造技術を開発し、実力を身に付けてきており、非常に製造技術の水準が高いと感じています。
これからこの2つのデバイスを実現するために、さらに何ができるかを考えると、現在の人財としてのダイバーシティにおいて「TDK United」は大きく進んでいますが、次は製造工程や生産技術における「TDK United」が必要になってくると思います。
現在の非常に高い生産技術や製造技術は、各カンパニーの中で、切磋琢磨によって培われたものが多いと思います。例えば、積層セラミックコンデンサ(MLCC)という分野で一生懸命、技術を磨いています。さらに言いますと、1品種ごとに技術を磨き上げていますので、非常に優れたものが多くあります。
ベストプラクティスというお話が先ほど出ましたが、「TDK United」として生産技術や製造技術をさらに進化させ、薄膜技術、積層技術、半導体技術、MEMS技術、電池製造のためのさまざまな電極の技術などを、総合的に活用することが重要です。
たとえ半導体の材料が不要であっても、半導体製造のプロセスを取り入れることが有益かもしれません。そのような視点を持つのがよいと思います。
また、Transformationの一環として、現状では販売や営業が直顧客とやり取りする機会が多いと思います。その際、最終顧客の要望というよりは、「スペックベースでこのような部品を作ろうよ」という、現場からの要求が中心になることが多いかもしれません。
しかし、スピンの世界はこれからさらに広がっていきます。先ほど竹内さんもおっしゃっていましたが、最終的な応用を見据えながら生産技術や製造技術を構築するほうが、効率性や無駄の削減、コストの面でもより良い結果を生み出せるのではないかと期待しています。
橋山:勝本さん、さまざまなヒントをいただき、ありがとうございます。本日は、TDKが長年磨き上げてきたスピントロニクス技術を応用した最先端開発の事例をご紹介しました。いただいたヒントを踏まえ、TDKの生産技術を「TDK United」として総動員し、事業化に向けたさらなる開発を進めていきたいと考えています。
また、新しい分野の話ですので、時には外部パートナーとの連携も視野に入れ、Time to Marketで事業化を目指していきたいとあらためて思いました。
Closing Remarks

齋藤:本日は未財務資本の説明会ということで、CHROセッションでは人的資本について、CTOセッションでは技術力についてご説明しました。
私たち「TDK United」のチームメンバーは10万人いますが、すべての中に入る「In Everything」で、常に「Better」を目指していきます。Transformを続けながらサステナブルな成長を実現していきたいと考えています。今後とも、ご指導、ご支援の程よろしくお願いします。ありがとうございました。
質疑応答
質疑応答はこちらに掲載されています。
