体験の構築
用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。
求職者にとって障害となり得るのは、副業可な就業先を見つける前に、そもそも一般の就業先を見つけられないことです。同社グループがターゲットとする就職ポテンシャル層は、採用市場において不利な立場に置かれているからです。一方、クライアント側にも障害があります。一つには、日経の記事が指摘するように「複数の職場で働く従業員の労務管理などの課題も残る」ということです。
いずれにしても、こうした障害が取り除かれれば、求職者は「副業可な就業先で本業と副業に取り組むことでキャリアアップにつながる」、クライアントは「自社社員が外部のノウハウを生かすことで新規事業の立ち上げにつながる」というすぐれた体験ができるようになるでしょう。
プロセスの統合
最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。
ジャン・ティロールは、同社グループのような二面プラットフォームに特徴的な戦略として次をあげています。
第一の戦略は、売り手を競争させることだ。
第二の戦略は、場合によっては価格統制を行うことである。
第三は、品質管理を徹底することである。
第四は、情報の提供である。
これらを踏まえるのであれば、社内プロセスの統合という意味で同社グループの課題となるのは、売り手である求職者やクライアントの社員に研修等を施して競争力をつけること、先の売り手側と彼らを受け入れる買い手側の品質管理を徹底すること、売り手側と買い手側の双方に情報を提供して適正なマッチングにつなげることです。
では、同社グループがこうした取り組みを行うのであれば業績の評価基準をどうすればいいでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。
ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。
・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。
この指摘を踏まえるのであれば、同社グループはリトル・ハイア(マッチングの件数)を業績の評価基準とするのが得策だということになります。
【参考文献】
・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン・M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
・ジャン・ティロール/著、村井章子/訳『良き社会のための経済学』(日本経済新聞出版社)
・大副業時代を生きる、副収入で老後資金も‐日本経済新聞(2019年12月7日公開)
・副業解禁、主要企業の5割 社員成長や新事業に期待(2019年5月20日公開)
・有価証券届出書(新規公開時)
本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年12月24日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
『イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年12月24日号)より一部抜粋
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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。