日銀の推計によると、コロナ禍で消費をしたくてもできずに、結果的に家計で「強制貯蓄」となっている金額が、2020年・2021年合わせて50兆円余りになっていると言います。これが黒田日銀総裁の「家計の値上げ許容度」発言につながりました。しかし、日本以上に強制貯蓄が多いとされる米国では、急激な物価上昇で早くも貯蓄を食いつぶした層が出てきています。強制貯蓄を過信して、物価高を放置することは危険です。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2022年8月10日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
コロナで使われなかったお金が家計に50兆円ある?
日銀の推計によると、コロナ禍で消費をしたくてもできずに、結果的に貯蓄となっている金額が、2020年・2021年合わせて50兆円余りになっていると言います。
これが黒田日銀総裁の「家計の値上げ許容度」発言につながりました。また同時に市場ではこれがいずれ「リベンジ消費」をもたらし、経済を活気づけると期待されています。
日銀の「資金循環勘定」の貯蓄・投資バランスを見ると、家計の例年の貯蓄超過に比べると、20年度で35兆円余り、21年度で15兆円余り、貯蓄超過が大きくなっています。
これで日銀は2年間累積で家計には50兆円余りの「強制貯蓄」が溜まっていると見ています。また、家計調査から、勤労者世帯では累計20兆円の「強制貯蓄」があるとの民間の試算も見られます。
物価上昇のバッファーになるか
では、50兆円の強制貯蓄があったとして、その物価上昇へのバッファーがどの程度あるのか、見てみましょう。
今年7月の東京都区部の消費者物価は、実態的な物価上昇を示す「帰属家賃を除く総合」が前年比3%の上昇となっています。これが実質賃金や実質消費の計算に使われる物価上昇分です。
家計の21年度可処分所得は315兆円でしたから、物価が年間3%上昇すると、可処分所得は年間10兆円弱目減りし、購買力が減ります。
そこへ50兆円の強制貯蓄があれば、黒田総裁が言うように、物価上昇に耐える「蓄え」があることになります。
しかし、家計の「懐」、つまり消費の原資はこれまで蓄えてきた金融資産も入ります。これが足元で2,000兆円あまり。この金融資産は物価が年に3%上昇すると60兆円目減りします。2年間消費を自粛して蓄えた貯蓄50兆円が、1年間の物価上昇で消えてしまう計算です。
金融資産のうち、より「財布」に近い現預金1,000兆円余りに限ってみても、1年で30兆円も目減りします。