奨学金…。社会に出た時、300万円以上の借金がのしかかり、借金の返済で押しつぶされそうになって死をも考えるような学生も出てきている。これを「自己投資」という人もいる。それは非常に乱暴な話であるし、当事者のことを何も分かっていない人間の言うことだろう。
(『 鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編 鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編 』)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。
「大卒は高卒よりもマシだ」という考えで誰もが大学に
大学の学費は国立・公立・私立問わず、ここ30年でうなぎ登りに上昇している。地方出身では、学費支払い・家賃支払い・生活費支払いのすべてが学生と親にかかってくることになるのだが、こうした環境の学生には学費の高騰は大きな問題である。
当然、全額を用意できない家庭や学生も大勢いる。
現在、大学生・短大生の2人に1人は奨学金を利用しているのだが、その奨学金というのは「もらえるもの」ではなくて、多くが返済の必要がある「学生ローン」である。どうしても勉強したい学生や学歴を必要とする学生に、数百万円もの借金を負わせる。
これについて「奨学金を借りることは自己投資」だとポジティブに考えようという意見もある。
「奨学金帳消しプロジェクト」の代表が「自己投資だと思って借りればよいと勧めるスタンスは無責任であり、現実が見えていない」と叩き切っているのは印象的だった。
※参考:奨学金は本当に借りるべき?「多額の借金」がもたらす、大きすぎるハンディキャップ(今野晴貴) – エキスパート – Yahoo!ニュース(2023年4月20日配信)
大学を卒業しても、誰もが同じように大学を卒業していたら希少価値は減退し、「大学卒」という肩書きに意味がなくなっていく。特に金を払えば誰でも入れるような大学は、就職でも相手にされないと言われるくらい意味がないものと化す。
確かに誰でも入れる大学というのは存在する。そこでは専門的な学問やスキルを身につけられず、ただ単に遊んで過ごすくらいの場所であると世間に思われている。それが真実かどうかはともかく、世間ではそのように受け取っている。
それでも、大卒は高卒よりもマシだという考えで誰もが大学に行こうとする。その結果、借金を背負うのである。大学に入るために奨学金を借りた大学生は、大学を卒業した瞬間に返済義務が発生する。
ところが「誰でも入れる大学」の卒業生の多くは、賃金の高い高スキルの仕事に正社員として就くことができないので、そのまま借金が地獄の苦しみになっていく。時には返済できなくなってしまう。返済できても、精神的苦痛を味わい続ける。
「死ねば借金がなくなるかも」
「奨学金帳消しプロジェクト」が約2,700人から有効回答を得たアンケートでは、返済延滞の経験がある人は28%で、返済延滞の理由の68%は「収入が低い」となっていた。奨学金を借りた学生の少なからずが、返済に四苦八苦しているのが分かる。
「結婚なんか考えられない」「借金があると告白したら別れられた」「奨学金返済がなければ、もう少し食費に回したい」「返済に持っていかれて自由に使えるお金がない」「返済期間も長いので精神的にもきつい」「車など買えない」
「貯金なんかできそうにない」「一人で生きていくので精一杯」「病院に行くのも金がかかるので避けてしまう」「アルバイトに追われて何も考えられない」「風俗で働かないといけなくなった」
……あげくの果てに「死ねば借金がなくなるかも」と考える人も出てきている。
社会に出た時には300万円以上の借金がのしかかり、借金の返済で押しつぶされそうになっていて、死をも考えるような状況になってしまっている。これを「自己投資」というのは非常に乱暴な話であるし、当事者のことを何も分かっていない人間の言うことだろう。