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なぜスシローは中国で大成功し、くら寿司は11億円赤字で撤退したのか。中国人の“寿司観”を読み違えた代償=牧野武文

中国の北京で「スシロー」が大人気になっています。一時期は400卓分の待ち行列ができ、予約も2ヶ月先までいっぱいという状況でした。一方、上海に3店舗を出店していた「くら寿司」は結局、黒字化することができず、11億円の損失を出して撤退することを決めました。

日本では人気を二分するような甲乙つけ難い寿司チェーンですが、ここまで明暗が別れた原因はどこにあったのでしょうか?

それは、中国人の食の嗜好をどこまで読み切っていたかの違いにあります。中国人は一時期高級寿司店が人気となり、大トロを食べる姿が報道され、「中国人も生魚に抵抗感を持たなくなった」と言われましたが、あれは高級寿司店であり、庶民が日常的にいくような場所ではありません。寿司というより、高級和食店というスタイルが受け入れられたところがあります。

庶民は、今でも「生もの」「冷たいもの」には抵抗感を持っています。もちろん、以前よりは薄れてきていますが、どのくらい薄れているのか、ここを読んでメニュー構成を考えるということが日系寿司店には求められていました。簡単に言えば、スシローはこの読みが的確であった、くら寿司は読みにずれがあった……ということです。

今回は、2つの日系寿司店の明暗から、中国人の食の嗜好が現在どうなっているかを考えます。(『 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』牧野武文)

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※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2025年7月14日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:牧野武文(まきの たけふみ)
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』(マイコミ新書)、『論語なう』(マイナビ新書)、『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』(角川新書)など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。

「スシロー」と「くら寿司」が中国進出、結果は…?

上海市に3店舗を出店していた「くら寿司」が、中国から完全撤退をすることを決めました。くら寿司は2023年6月に中国に進出をし「10年以内に100店舗」の目標を立てていましたが、海外戦略の見直しを迫られることになります。

中国での運営を担当していたのは、くら寿司の子会社で台湾を拠点とする「亜州蔵寿司」です。亜州蔵寿司の財務報告書によると、中国での飲食事業は2年間で2億2,848万ニュー台湾ドル(約11.4億円)の損失を出したことになります。

一方、2021年9月と、くら寿司よりも早く中国に進出をしていた「スシロー」は、現在75店舗に増え、特に北京の9店舗はいずれも行列が絶えないという大成功をしています。

最も人気が高いのは、下町系繁華街にあるショッピングモール「大悦城」内の西単大悦城店で、今年の5月の連休の夕方には待ち行列が400卓を超えたこともあります。もちろん、スマートフォンのミニプログラムから待ち行列に登録でき、呼ばれた時にその場にいなければ抜かされるだけという仕組みなので、相当数は「登録してみただけ」だと思いますが、それでも異常とも言える人気です。現在でも、待ち行列が100卓を超えることはよくあります。

さらに、予約は5月ごろは2ヶ月先でなければ取れない状態でした。これも落ち着いてきてはいますが、3週間先でないと取れない状態が続いています。

・スシローは400組が行列をする
・くら寿司は11億円の赤字で撤退

……ご承知のとおり、日本では店舗数ではスシローが上回っていますが、人気の点では甲乙つけ難く、人気を二分しています。中国での明暗の違いはどこにあったのか?というのが今回のテーマです。

何が明暗を分けた?

昔から、中国人は「冷めた食べ物は食べない」「生ものは食べない」と言われていて、そこからすると、寿司なんかは食べるはずもないのですが、2010年代中頃になって、上海に次々と高級寿司店がオープンして、マグロの中トロがブームになったことがあります。

これにより「中国人の食習慣は変わった。冷たいものでも、生ものでも食べるようになった」と言う人がいましたが、私は疑問に思っていました。というのは、このような高級寿司店は、日本の高級寿司店と同じで、庶民がちょくちょく行くような店ではありません。当時、上海の寿司店といえば、安いところでも客単価400元(約8,000円)以上であり、直送のマグロを出す店などは平気で1,000元、2,000元という価格を取っていました。

つまり、富裕層が行くか、マンション転売で大きなお金が入った時か、仕事の接待で使うか、そういう店だったのです。行く人は限られています。それも、寿司という料理が受けたというよりも、高級和食店というスタイルが受けたのだと思います。

スシローやくら寿司は、こういう高級店ではありません。庶民が支払える価格の中で、おいしい寿司を出すことに努力をしているチェーンです。そこにくるのは庶民であり、いつもよりちょっとおいしいものが食べたいと思ってやってきます。ですので、客単価は150元ぐらいが限界です。

では、そういう庶民は「冷たいもの」「生もの」を食べるようになったのか。ここの読みが非常に難しいのです。

「まずは開店をして、運営をしながら反応を見て、メニュー構成を変えていけばいい」とおっしゃる方もいるかと思いますが、寿司は通常の中華料理のように「辛味を増やす」「塩味を抑える」などの味調整でどうにかなるものではありません。寿司はネタが命であるために、メニュー構成を変えるには、サプライチェーンを変えるという大改造が必要になります。特に、冷温を保つコールドチェーンですから、「マグロが受けないからサバに変えるか」と言っても、産地での買い付けや、輸送手段の確保などがあり、簡単ではありません。

つまり、開店する前に、メニュー構成をよく考えて、サプライチェーンを整えておく必要があります。それゆえ、メニュー構成の企画が、サプライチェーンまでも含めた全体構造を決めてしまうことになります。うまくいかなかったから、簡単にメニューを変更するというわけにはいかないのです。

非常に大雑把に言えば、スシローはこの読みが的確だった、くら寿司は読みを外した……ということだと思います。

くら寿司もメニュー構成を変えることは考えたと思いますが、そのためにはサプライチェーンの構築をやり直す必要があり、とてもそこまでの投資はできない、3店舗の段階で損切り撤退をするのが正着だという判断だったのだと思います。

では、具体的にどういう「読み」の違いがあったのでしょうか。今回は、スシローとくら寿司の明暗を分けた、中国食習慣の読み方についてご紹介します。

Next: 中国人の嗜好を読んで成長したスシロー。一方、くら寿司は…

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