日本は米国製造業救済役へ
米国では、製造業衰退の象徴的な例が鉄鋼業に現れている。鉄鋼業の衰退は、関税保護との相互関係によって1980年代以降、目立つようになった。輸入鋼材への依存が進む一方で、関税が課されるケースも増加し、鉄鋼業は競争力を低下させた。特に2018年、トランプ政権下で「通商拡大法第232条」に基づき、多くの輸入鋼材に関税が課された。これが、製造業全般のコスト増をもたらし、競争力低下を引き起こした。鉄鋼業衰退は、関税政策に起因する価格上昇によるもので、企業に技術革新への意欲を失わせたのだ。
いうまでもなく、鉄鋼業は製造業の基盤である。「鉄は国家なり」という言葉もあるように、鉄鋼の競争力は製造業の競争力を左右する要の存在だ。それだけに、鉄鋼業は政治と結びつきやすい側面も持つ。こうして得た政治力が、関税による保護要請に走らせた。トランプ氏は、関税で米国鉄鋼業を衰退させた「張本人」である。今回、さらに50%の関税だ。日鉄の勝利は、これによって不動のものになろう。
トランプ氏は、こうした過去の失敗にもかかわらず、現在のような関税戦争を世界中へ繰り広げている。これは、将来の米国製造業の競争力低下を決定づけるもので、極めて危険な政策である。
だが皮肉にも、日本からの大規模投資によって、辛うじて救われる事態になった。日本が、「関税よりも投資」というオーソドックスな政策指針を出したことで、米国は関税による被害を一部帳消しにできることになった。
日本にも、大きなチャンスである。米国製造業の「心臓部」へ進出する機会が巡ってきたからだ。工場進出するにあたり、日米政府のバックアップが受けられるのである。
前述の9業種には、鉄鋼や自動車も入っている。これらは、米国ですでに「斜陽産業」に位置づけられている点に留意すべきである。鉄鋼の競争力低下が、自動車の製造コストを押し上げているからだ。
米国自動車メーカーは、日本車が得意とする小型車をほとんど製造していない。軽量自動車(LDV)販売のうち8割余りが、大きなトラックやプレミアムSUVで占めている。米国内の自動車生産台数は2024年、1,079万台だった。このうち日系メーカーのシェアが30.4%の328万台。欧州メーカーは182万台(同16.9%)だった。
2025年1月~6月までの米国シェアは、GM17.7%、トヨタ15.3%、フォード13.7%である。トヨタは、HV(ハイブリッド車)でシェアを大きく伸していることから、GMとのシェアを縮めるであろう。いずれ、トヨタが米国市場でトップに立つ日が近いであろう。
米国は、こういう自動車業界の動向からみて、日本自動車業界の支援を必要と判断したのであろう。次世代電池の「全固体電池」は、トヨタ自動車の独壇場である。27年以降に商用化される見通しである。米国は、テスラを除けばEV(電気自動車)でも出遅れている。テスラCEOのマスク氏は、トランプ氏と疎遠な関係になったので、自動車でトヨタへ依存する形になった。
米国自動車業界における鋼材コストは、総製造コストの10~15%を占めている。日本では、これが10%前後とされる。この5%前後の鉄鋼コスト差は、そのまま利益に直結するほど大きい格差である。米国が、日鉄のUSスチール合併を認め、さらに日本自動車メーカーの米国進出を促す政策は、素材面からも米「国産車」の比率を上げる戦略を明確にした。