韓国は、TPP加盟が実現すれば、次のようなメリット・デメリットがあると試算している。これは、韓国産業通商資源部や国際通商研究院という公的機関の報告書にみられるものだ。試算時点は、2023年である。
地域:現状(2023年) TPP加盟後の見通し
日本:貿易赤字223億ドル さらに、5~10億ドル赤字増加
米国:貿易黒字444億ドル さらに、50~100ドル黒字増加
ASEAN:輸出減少中 50億ドル増加見込み
韓国「ソロバン勘定」の裏側
韓国は、以上のような「ソロバン」を弾いており、トータルの計算でTPP加盟が韓国経済を支えるとみている。前記の試算根拠は次のようなものだ。
1)韓国は、TPPへ加盟すれば「最大のライバル」日本と競争しなければならい。韓国は現在、日本車へ8%の関税を掛けている。TPP加盟によって、関税率はゼロになる。韓国自動車産業にはこれだけでも大きなショックである。さらに日本車が、韓国市場でシェアを拡大する。
24年のトヨタ車の韓国輸入台数は約6,800台である。これに対して、韓国の現代が、24年に日本で販売した台数は618台である。このトヨタvs現代の販売台数を比較すると、圧倒的に日本が有利である。韓国自動車は、TPP加盟によって相当の影響を受けることになろう。韓国は、こうした事態を計算済みである。TPPへ加盟すれば対日貿易赤字は、現在の228億ドル(2023年)が、さらに5~10億ドルは増えると「覚悟」をしているほどだ。
2)韓国はTPPへ加盟することで、米国への輸出が増えると見込んでいる。これは、TPP加盟国とのサプライチェーン強化が前提。韓国製品(特に自動車・電池・半導体など)が、米国市場で競争力を高められると踏んでいる。これを足がかりにして、米国企業との共同生産や部品供給が増やすとしている。
3)韓国は、ASEANを通じた迂回輸出の促進(間接輸出)を目指している。韓国企業がTPP加盟国(例:ベトナム、マレーシア)に生産拠点を設け、そこから米国へ輸出することで、TPP原産地規則を活用するというものだ。原産地証明とは、原材料・部品がどこの国で生産されたかを示す証明書である。TPPの原産地証明制度は、中国など非加盟国からの偽装輸出を排除するための仕組みを備えている。
韓国は、こうした2つの対策によって対米貿易黒字を、マイナス予測を覆して、さらに年間50~100ドル増加へ持ち込むとしている。まさに、「逆転の発想」だ。
国民感情が理性的判断を凌ぐ
韓国は、トランプ関税による劣勢不利な情勢を、TPP加盟によって一挙に逆転させようという「一発逆転」を狙っている。はたして、目論見通りにことは運ぶだろうか。ここで、冒頭に掲げた2つの「難問」へ戻りたい。
2つの難問とは、TPPが日本主導であること、公営企業への市場原理導入にからむことである。これら2点は、韓国の国民感情を刺戟するに十分な波乱要因である。
1)TPP加盟に当たって韓国は、各国と交渉しなければならない。その結果、全加盟国が韓国の加盟に賛成して初めて、加盟が実現するという仕組みだ。先ず、日本は韓国へ解決を迫る問題がある。韓国は、福島第一原発爆発に伴う処理水について、未だに「放射性物質が含まれている」として、東北8県の水産物輸入を禁止している。これは、IAEA(国際原子力機関)から無害という科学的証明を得ているにもかかわらず輸入を禁止している不当な措置だ。
この問題は、日本がWTO(国際貿易機関)へ提訴し、一審で日本の主張は認められた。だが、上級審で「風評が韓国の健康衛生政策に障害となる」として韓国側に軍配を上げた。韓国が、TPPという日韓二ヶ国の交渉において風評被害説を持ち出しても、日本は確実に拒否するはずだ。そうなれば、韓国のTPP加盟は不可能になろう。
仮に、韓国政府が日本へ妥協して福島産の水産物を輸入解禁しても、韓国世論が「絶対」に認めないであろう。韓国は、2008年の米国産牛肉輸入で狂牛病が発生した際、無害であるにもかかわらず、左派が「嘘情報」をまき散らして大騒動に発展した経緯がある。現在の米韓関税交渉で、牛肉問題が暗礁に乗り上げており、交渉全体を渋滞させているほどだ。こういう状況からみても、福島産の水産物を輸入解禁問題は、難問中の難問であることが想像できるだろう。
韓国は、迷信や嘘情報に操られやすい社会である。迷信の風水が、いまだに「市民権」を持っているほどだ。大学に、最近まで「風水学科」まである國である。一度、信じ込んだら先ず撤回は困難な状況だけに、福島原発にまつわる誤解・曲解は是正されまい。李在明大統領も3年前の野党時代、在韓中国大使館まで出向き、福島原発処理水を「汚水」と糾弾したほど。それだけに、今になって国民へどう説明するのか。韓国世論は真っ二つに割れて収拾はつくまい。TPP加盟での対日交渉は、著しく困難になろう。