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“証券マンのセールストーク”が誕生させた、群馬の大投資家・Fさんの話

鉄火場だからこそ結実した「野村流リーダーシップ」私論

実際に往復600万株のペロを切って見せ、株の商内とはこうするものだ、と常日頃から言い続けるうち、野村の後輩連はみな私に従うようになった。

「俺について来い、俺を超えて行け」「山崎さんに続け、山崎さんを越えよう」を合言葉に若者たちが熱狂的に頑張りはじめた。北関東東北ブロックに北海道3支店を併せた20支店で、株式商内は高崎支店が毎月断然のトップになった。もはや他とはケタが違った。

彼らの全員が「山崎さんは野村の星だ。あの星に届かねば俺たちの青春はない。俺たちの行く先を星につなげ」と言ってくれるまでになり、50万株単位の「ペロ」が続出した。

高崎支店は若者養成の名門校だ、と言われて研修部に呼ばれ、一席ぶったのはこの頃である。いま思えば随分と僭越だったが、当時は本気だった。

「吉田松陰は松下村塾で若者に魂を吹き込み、緒方洪庵は適塾で実践的技能知識を授けた。高崎支店は松下村塾と適塾を兼備する。すなわち哲学と技能の両刀だ、根性とセールスノウハウの両刀だ」などと威勢よく演説したものである。

課長代理から課長に昇進したこの頃、私は、集団統率の要諦は、まず自分が部下の目の前でやって見せて、「俺みたいにやってみろ」と言い続け、それから若者の憧れの星になった自分を「俺を超えて行け」「俺を倒してみろ」と刺激することだと考えていた。

やがて私が同期350人中で第1選抜の支店長になり、高崎支店を転出する折には、若き戦士たちが文字通り声涙ともに下る送別会を設けてくれた。

若者代表が、きっと泣いてしまってロクに話せないだろうからと、あらかじめ用意した送辞。その冒頭は「僕たちに人生を教えてくれた厳しい山崎さん」であった。

ここの文言を「厳しい」にするか「優しい」にするか、彼らは野村の独身寮で一晩議論したそうだ。その上で「厳しい」にするほうが私は喜ぶはずだ、という結論になったと、10年後の彼らに聞いた。まさに我が意を得たり、である。

だがその送辞の中に「山崎さんと我々との関係は、まさしく、あの伝説的劇画『あしたのジョー』における丹下段平と矢吹ジョーとの子弟関係であった」という箇所があり、こちらはてんで意味が分からなかった。

それで正直に分からないよと伝えたら、1週間後、支店長宛に『あしたのジョー』全20巻がドサッと送られてきた。山崎よ、黙ってこれを読むのだと。

だから、というわけではないが、私が彼ら若者から学ばされることも――とりわけリーダシップとは何ぞや?に関して――また多かったのである。

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