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小池百合子はなぜ嫌われたのか?「排除します」だけではない失敗の本質=近藤駿介

小池代表の「不運」

実社会でもそうだが、新会社や新組織を立ち上げる際には、リーダーとなる人物の強いリーダーシップがどうしても必要になる。

突然の解散によって、「安倍一強体制」に対する不満と批判を取り込むために急遽立ち上げられた「希望の党」が、「小池一強体制」にならざるを得ない宿命を背負わされたことは小池代表にとって不運だったと言える。

こうしたなかで、「小池人気」にあやかろうとして公認を求めてきた候補者に対して「政策協定書」という踏み絵を踏ませたことが表面化してしまったことも、逆風を強くする要因となった。

「希望の党」における「小池一強体制」が、自民党における「安倍一強体制」よりも強い印象を与え、政権の「一強体制」に疑問を感じている有権者離れを起こした大きな要因になったと思われる。

そして、こうした幾つかの認識ミス、不幸な宿命を抱えるなかで、小池代表は戦略的にも大きなミスを犯すことになる。

小池代表「最大のミス」

小池代表の最大のミスは、自らが衆議院選挙に出馬しなかったことである。小池代表自らが出馬しなかったのは、世論調査で「都政に専念するべきだ」という意見が圧倒的に大きかったからだと言われている。

しかし、「希望の党」を立ち上げた際に公開したプロモーションビデオでは、小池代表を連想させる女性が、通路の両側に立つ男性陣から批判を浴びながらも毅然として目標に向かって歩み続ける力強い姿が描かれていた。

このプロモーションビデオを見た有権者の目に、世論調査結果に基づく世間の批判を気にして出馬を見送った小池代表の姿が、口だけの女性、期待外れの人物に映ってしまったとしても不思議なことではない。

「希望の党」立ち上げによって選挙戦序盤戦でメディアジャックに成功していた小池代表であるが、「全員を受け入れるということはサラサラありません。排除いたします」という「排除の論理」が強調され繰り返し報道されるなど、メディアが報じる内容は小池代表にとって不都合とも言えるものも多く、むしろメディア露出によって小池代表や「希望の党」に対する好感度は向上するどころか悪化しかねない状況にあった。

メディア報道は、公示前はある程度自由だが、それ以降は各候補者、政党を平等に扱うことが原則になっている。それ故、小池代表が衆議院選挙に出馬をしなかったことで、公示前にメディアをジャックすることによって植え付けられた負のイメージだけが視聴者の脳裏に残る結果を招いてしまった。

逆に、公示日に小池代表が出馬宣言をしたとしても、公正な報道に努めなければならないメディアは「都政投げ出し批判」を大きく取り上げることは難しく、負のイメージだけを残すような結果にはならなかったはずである。

少なくとも小池代表が出馬していれば、「小池劇場」がどのような幕引きになるのかに対する期待が残される分、「希望の党」に対する期待を投票日まで繋ぎとめることもできたはずであり、現状の「消化試合」のような盛り上がりのない選挙戦にはならなかった可能性が高い。

Next: 「小池劇場」がもたらした2つの可能性と「宴の後」の懸念

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