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暴動を起こす代わりに自殺する日本人。本当に怖いのは、社会情勢が最悪なのに自殺者が減ること=鈴木傾城

最近、格差についてはそれほど語られなくなっている理由

ところで、コロナ禍の中で自殺者が増えたというのは話題になったが、一時期の1990年代後半からのバブル崩壊・超就職氷河期の3万人超から見ると、自殺者は1万人近く減っている。

ということは世の中が良くなったのだろうか。いや、世の中は何も変わっていない。良くなるどころか、むしろ悪くなっている。生活保護受給世帯も増え続けるばかりであり、格差が広がり続けている。

最近は格差についてはそれほど語られなくなっているのだが、それは格差がなくなったからではない。逆だ。格差が定着したから「もう、いちいち語ることでもない」ので誰も何も言わなくなったのだ。

格差を生み出す元凶になっている非正規雇用も2000年代に入ってから急激に増え始めて止まらず、厚生労働省の調査ではすでに「民間事業者に勤める労働者のうち非正規社員の占める割合」は40%を超える事態となっている。

そして、非正規雇用で使い捨てにされる人が増えるに従って、平均年収186万円のアンダークラスと呼ばれる人々も増え始めて、今では約1200万人が相対的貧困にあえぐような社会になった。

非正規雇用者はどんなに長く働いても、年収がアップするということはほとんどない。そして、企業が少しでも売上が落ちたり業務転換をすると真っ先にクビを切られるという不利な待遇だ。

コロナ禍ではまさにこの動きが起こったし、これから世界が突入する危険な景気後退《リセッション》でも見られることになるだろう。日本社会は1990年代から一貫して状況が悪化し続けているのである。

ところが俯瞰して長期で見ると、自殺者は減り続けている。下がったと言っても、依然として約2万人を推移しているので少なくなったとは言えないのだが、それでも減ったのは間違いない。なぜだろうか。

日本も「貧困層の固定化」がいよいよ起きているということ

日本人は1990年以来、ずっと「良い時代は終わった」という失望感や絶望感を味わいながら生きてきた。株価はいまだにバブルの絶頂期に到達せず、まともな仕事は減り続け、給料は下がり、高齢者が爆発的に増えて子供はどんどん減り続けている。

かつての高度成長の記憶やバブルの記憶がある人であればあるほど「良い時代は終わった」という失望感は強い。

「あの頃は良かった」という気持ちは、どんなにもがいてもそれが手に入らない現在となっては重荷となる。人は「落ちぶれた」という状況が一番つらい。

しかし、日本が転落するきっかけになったバブル崩壊から、もう30年以上にもなろうとしているのだ。30代以前の若年層は、高度成長期の日本、バブルで高揚していた頃の日本など歴史なのである。

彼らは「景気が良かった日本」を知らない。知らないまま「悪い状況になっていくのが当たり前」として暮らしている。そうなると、彼らには「良い状況から悪い状況に落ちた」という失望感や絶望感がない。

生活環境を落としたくないという焦燥感もなければ、良い車が欲しいという気持ちもなければ、恋愛や結婚すらも「金がある人の贅沢」として捉えるようになっている。

成長が望めず、貧困が固定化し、貧困の仲間が多いと、それが当たり前だから逆に何も感じなくなってしまうのだ。社会情勢が悪いのに自殺者が減るのは、要するに「悪い状況」が日常になった人が増えたということを意味するのだ。

Next: 貧しさは当たり前であり日常。「貧困層の固定化」が始まっている

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