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国民が知らぬ間に…なぜ日本国はTPP拙速審議で「自殺」するのか?=施光恒

(3)国や自治体が法人税を上げたら外国企業から訴えられる恐れがある

これも悪夢のような話ですが、山田氏の著書の指摘によれば、TPP発効後、政府や自治体が法人税率を引き上げたら、ISD条項に基づき外国企業から訴えられるようになるかもしれません。

TPPでは、投資受け入れ国は、「間接収容」をしてはならないことになっています。この「間接収容」とは、大変わかりにくい概念です。一般に「収容(直接収容)」とは、ある国の政府や地方自治体が、公の目的のために、個人や企業から私有財産(土地や建物など)を取り上げてしまうことを指します。TPPなどの国際投資協定では、近年、この「直接収容」だけでなく「間接収容」という概念も使われており、これは、「所有権等の移動を伴わなくとも、裁量的な許認可の剥奪や生産上限の規定など、投資財産の利用やそこから得られる収益を侵害するような措置も収容に含まれる」と説明されるものです。
(「間接収容」の概念については、岩月浩二弁護士のブログ『街の弁護士日記』が参考になります)。

TPP協定の条文では、一応、「公共の目的のためのもの」であれば「間接収容」に当たらないとされているようですが(第九章八条)、実際は、何が「公共の目的」に当てはまり、何がそうでないかの線引きは極めて曖昧なようです。

例えば、地方に工場を誘致したとき、排水や排ガスなどから有毒物質が出されて、住民に健康被害が生じてきたような場合、その地域の自治体が条例を設けて環境基準値を引き上げたとします。そうなると、工場を有する企業は、それだけ余分の環境対策費を支払わなければならないことになります。このような場合も、「間接収容」の一つだと認識され、企業や投資家が政府や自治体に損害賠償を求めることがありうるのです。

山田氏は、例えば、政府や自治体が法人税を引き上げたり、工場などに対する固定資産税を引き上げたりした場合でも、「間接収容」だとしてISD条項に基づく訴訟を起こされ、莫大な損害賠償を求められる可能性があると論じています。

ISD条項に基づく訴訟への懸念については、昨日(27日)の衆議院のTPP特別委員会参考人質疑でもいろいろと議論されていました。参考人の一人である内田聖子氏(アジア太平洋資料センター事務局長)によれば、ISD条項は、もともと発展途上国に対する投資の安全性を確保するためのものだったが、近年は、先進国でも訴えられることが普通になっているそうです。

(『衆議院TV インターネット審議中継ビデオライブラリ』2016年10月27日。リンク先のページの中ほどの斉藤和子議員の質問(11時15分から)に対する内田参考人の回答。※19分45秒あたりからISD条項について語られています)

例えば、NAFTA加盟以降、カナダ政府は26件も訴訟を起こされています。一例としては、カナダ政府が、石油に含まれる有害物質を規制したため、米国の石油会社に訴えられた事例があります。このとき、カナダ政府は、結果的に莫大な和解金を石油会社に支払っています。

他にも、昨日の国会質疑でも内田氏が言及していましたが、驚くべきことにエジプトでは、政府が最低賃金を引き上げたために、エジプトの産業廃棄物処理関連に投資していたフランス企業からISD条項に基づき政府が訴えられた例もあるそうです。

そうした事例を考慮すれば、山田氏が懸念するように、TPP発効後、政府や自治体による法人税の引き上げもISD条項に基づき訴訟を起こされる対象になりうるということもなきにしもあらずではないでしょうか。

自国の税制も自分たちでは決められなくなる――もしそういう事態に陥ってしまえば、日本はもはや民主主義の国とは言えないでしょう。

なんかだらだら書いていたら長くなってしまいました…。

以上、山田正彦氏の著書を主に参照しながら、三つの点(1)漁業権、(2)国民皆保険制度、(3)法人税引き上げとISD条項など、について触れてきました。

確かに山田氏はTPP反対派の急先鋒ですので、TPP協定の条文解釈が少々厳しすぎるということもあるのかもしれません。しかし、TPPがもし発効してしまえば、それは我々の生活の多くの場面を拘束してきます。日本社会を根底から変えてしまう可能性があります。そういう重大なものですので、山田氏が提起しているような懸念がある限り、時間をかけて慎重に審議し、何が本当に日本国民のためになるのかを真剣に吟味していく必要があるはずです。拙速に国会承認してしまえば、将来、子孫から恨まれかねません。

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