ペロシ台湾訪問と同じタイミングで起こったこと
このような視点で台湾訪問と同じタイミングで起こった出来事を見ると、興味深い。
8月1日にロイター通信が報じたところによると、アメリカは、中国への半導体製造装置の輸出規制を拡大し、メモリーチップ製造業者を含めることを検討しているという。輸出規制は、特に国有企業の「長江存儲科技(YMTC)」を含み、128層以上の3D NANDフラッシュチップを製造するためのチップ製造ツールの輸出を禁止することになるという。
現在の商用チップに対する規制は、メモリーチップではなく、プロセッサーなどのアプリケーションで使用されるロジックチップが焦点になっている。メモリーチップの製造に使用する装置の販売が規制されると、中国のチップ開発には痛手になる。
2016年に設立されて以来、中国国営の「YMTC」は世界の既存メモリチップメーカーにほぼ追いつたものの、いま同社が製造・販売している「128層3D NANDチップ」は最先端から1~2世代遅れている。「YMTC」は、さらに高度な「192層」の次世代チップの開発にも着手している。
一方、米メモリーチップメーカーの「マイクロン」は7月にもっとも高度な「232層メモリーチップ」を出荷している。これに追いつくため、「YMTC」にもこれの開発計画がある。だが、これを実現するためには、アメリカのメーカーだけが持つ高度な製造装置が必要となる。今回バイデン政権は、この製造装置の輸出を規制をしようというのだ。
「ラムリサーチ」と「アプライドマテリアルズ」のアメリカの2つの企業が、問題のチップ製造装置のトップサプライヤーである。一方「アップル」は、「YMTC」と、中国製のメモリチップの一部が「iPhone」に採用されることになる取引について交渉していると報じられており、これを受けて米フロリダ州選出のマルコ・ルビオ上院議員は、「アップル」のティム・クックCEOに対し、「YMTC」が中国政府や人民解放軍とつながっているという懸念についてまとめた厳しい手紙を送付している。
アメリカはすでに、線幅10ナノメートル(nm)以下の半導体が製造可能な装置の大半について、中国最大の半導体メーカーである「中芯国際集成電路製造(SMIC)」に販売することを禁止している。今回はこの制限の対象を14nm以下の半導体が製造可能な装置に拡大したのだ。
今回の制限は「YMTC」や「SMIC」以外にも拡大し、「台湾積体電路製造(TSMC)」など受託半導体メーカーが中国で稼働する製造施設も含まれる公算が大きい。
ドル高による中国からの資本流出
中国への輸出規制の動きは新しいものではない。すでにトランプ政権のときからのものである。
オバマ政権までのアメリカは、中国の拡大を軍事的に牽制しつつも、グローバル経済の最大のパートナーとして、いわば協調路線歩んでいた。だがトランプ政権は、中国の発展と拡大を封じ込める抑止策に大きく舵を切り、経済制裁を思わせるような規制を中国に体して導入し始めた。
トランプ政権とバイデン政権はそれこそ本格的に敵対する関係であるが、両者で唯一共有しているのが対中国政策である。バイデン政権も、トランプ政権が実施した中国抑止策を継承している。その点では、今回のチップ製造装置の輸出規制は特に目新しいものではない。
しかしながら、やはり注目しなければならないのは、これが実施されるタイミングだ。ペロシ下院議長の台湾訪問で中国との関係がこれまで以上に緊張している時期に実施しているのだ。
このタイミングを見ると、さらに興味深いことが見えてくる。いま、アメリカと中国の金利差は拡大し、中国からの巨大な資本流出が起こっているのだ。
7月下旬には2022年の中国債券市場からの資金流出が300億ドルの大台に乗り、2014年以来最大の資金流出となった。これは、本来であれば中国国内に投資されるべき資本の流出なので、中国の成長にとっては痛手となる。
これを止めるためには、これまでの低金利政策を改め、利上げをしなければならない。要するにテーパリングである。
しかし、中国の4-6月期の経済成長率が前年同期比0.4%増にとどまるいま、テーパリングは中国経済にとって痛手になることは間違いない。
これは一種のジレンマである。資本流出を止めるためにはテーパリングしなければならないが、それはそれで景気をさらに悪化させることになるからだ。