ムダな仕事だけが増える可能性がある
社会全体で考えたときに、「1.6兆円の経済効果」が何をもたらしているのだろうか。1.6兆円のお金は移動しただけで、使われたわけでも生み出されたわけでもない。
使われたのは「労働」で、生み出されたのは「幸せ」だ。
1.6兆円のお金が流れることで、数多くの労働がつながり、印刷機やATMや自動販売機などが新たに製造され、新紙幣の使用を可能にする。この新しい紙幣がもたらす幸せとは、主に紙幣の偽造防止に役立つことだ。
人口約55万人の鳥取県の1年間の県内総生産が約1.9兆円だから、1.6兆円というと、それに匹敵する労働が注ぎ込まれることになる。この膨大な労働の負担に比べて、紙幣を利用する僕たちが感じる幸せが大きければ、この生産活動は社会にとって十分意味があることだ。しかし効用が小さければ、労働という負担が大きすぎることになる。
これが自然に発生した生産活動であれば、いちいち負担と効用を比較しなくても問題ない。労働の負担よりも効用のほうが必然的に大きくなるからだ。働く人は1.6兆円もらえるなら労働を負担してもいいと考え(1.6兆円>労働の負担)、利用者はその効用が得られるなら1.6兆円払ってもいいと考える(効用>1.6兆円)からだ。
おのずと、「効用>1.6兆円>労働の負担」という不等式が成り立つ。
ところが、この新紙幣の発行のように、政府の政策などによって半ば強制された生産活動ならば、「労働の負担>効用」になってしまうことも十分あり得る。人々の生活を豊かにする何らかの効用が生まれるのではなく、ムダな仕事だけが増える可能性があるのだ。
新紙幣の発行を批判したいわけではない。経済効果という数字に踊らされてはいけないということだ。2025年に開かれる万博も2兆円の経済効果があると言われている。しかし、大事なのは「どれだけの幸せをもたらすか」を考えること。金額が高いからといって、幸せが増えるとはいえない。
新紙幣によって何を得られるのだろうか
最初に紹介した、小説の会話を思い返してみてほしい。
「おばちゃんはまけてくれたんやろ??彼女だってお金は欲しいはずやで。せやけど、優斗くんとお金を奪い合っても意味ないと思っているから、200円にまけられるんや」
「値段は安いほうがいいってことですか?」
「そういう話やない。値切って安く買おうとするのも、客に高く売りつけることだけ考えるのも、お金の奪い合いや。共有できることは他にある。少なくともおばちゃんは、君がおいしくどら焼きを食べる未来を共有してくれていると思うで」引用:『きみのお金は誰のため: ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』132ページより
紙幣のデザイン変更にしても万博にしても、それによってどのような未来が作られるかが重要になってくる。
そしてお金がどこからどこへ流れているかについても考える必要がある。ただムダな労働だけが増えて、人々の生活を豊かにする何らかの効用が生まれないのに、喜んでいるだけかもしれないのだ。
「economy」を「経済」と翻訳したのは、旧一万円札の顔である福沢諭吉だ。経世済民「世を經(をさ)め、民を濟(すく)ふ」を略して経済という言葉をあてたと言われている。民を救うことを目的にしていたはずの経済が、その意味を失いつつある。
そう考えると、福沢諭吉が紙幣の顔でなくなるのは、何かの暗示なのかもしれない。
※本記事は、田内学氏のメルマガ『金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」』2024年1月27日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
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『
金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」
金融教育家・田内学の「半径1mのお金と経済の話」
』(2024年2月3日号)より一部抜粋。
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による。
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