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杞憂に終わるビットコイン分裂懸念。バブルではない本格相場は目の前だ=メダカ

17世紀オランダのチューリップ・バブルはなぜ弾けたのか?

世界史で最初のバブルとして知られているのは、17世紀前半のオランダで起きたチューリップ相場でしょう。その頃の日本は江戸時代初期、徳川家康が亡くなった時代です。

当時、ヨーロッパに持ち込まれたチューリップは、美しさだけが価格の基準ではなく、突然変異で現れた変わった模様の花に希少性があって貴族や豪商に高く売れました。このため多くの人が一攫千金を夢見て、花ではなく球根を買いに走りました。完全な投機ですね。

チューリップの適正な価格がどの程度かはわかりませんが、レア品種からできた球根には豪邸1軒分の値がついたと言いますから、狂乱ぶりが目に浮かびます。

球根が品薄になると、ある人が農家に球根の予約を申し入れました。代金の一部を予約金として先払いし、春になったら球根を残金で買い取るというものです。一部の証拠金で大きな取引を行う、まさに先物取引ですね。この方法はすぐに広まり、やがて予約証書の転売も始まりました。

予約証書も現物の数分の1の値段で買えます。投機の参加者はさらに増えて、予約証書の価格は高騰を続けました。さらに、家を担保に借金をして証書を買う者まで現れました。80年代のバブル経済の頃に聞いたような話です。

資金の流入はいつか必ずピークを迎えます。そしてオランダでは、ある日突然、球根の値段が下がりだします。買い手がつかないままどんどん下げてしまい、家を担保に買っていたものは家をとられ、投資家の手元には二束三文になった証書が残り、農家には引き取り手のない球根が残りました。

こうしてみると、80年代のバブル景気と共通するのは、過剰な信用創造(簡単に言えば借金経済)だということに気づきます。手元の資金力以上に大きな取引をするようになると要注意です。どこかで歯車が止まると返済が行き詰まり、ドミノ式に不渡りが発生して、その経済共同体が収縮してしまう、まさにバブルがはじけた状態になるわけです。

信用・先物取引がバブルを起こす

オランダのチューリップバブルでは、人々は酒場などで当事者同士の相対(あいたい)取引きで売買を行っていました。しかし遅れること1世紀、1730年に大阪の堂島で米の先物取引所ができました。これが世界最初の公式の先物取引所と言われています。

将来の価格のヘッジのためばかりでなく、博打好きの武士や商人が投機も行いましたが、堂島の取引所ができても米がバブル相場になることはありませんでした

つまり、信用・先物取引や借入金による証券・不動産への投資はバブル経済に欠かせないものですが、信用・先物取引が適正に管理されていれば経済は循環を続けるのです。
※参考:『チューリップ・バブル─人間を狂わせた花の物語』(著:マイク・ダッシュ/刊:文春文庫)、『狂気とバブル なぜ人は集団になると愚行に走るのか』(著:チャールズ・マッケイ/刊:パンローリング)、Wikipedia「チューリップ・バブル

Next: 今の暗号通貨相場はバブルなのか? 時価総額で考える今後の見通し

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