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「団地の子と遊んじゃダメ」と我が子を教育する親が見逃していること=午堂登紀雄

私は自分の子を「団地の子」と遊ばせる

しかしだからといって「団地の子どもとは遊んではいけない」と子の交友関係を強制するのは、私は支持しない立場です。

なぜなら、個々人の資質を考慮せず属性だけで判断するのは、視野が狭く思考の浅い人間のすることだと考えているからです。

確かに「そういう傾向がある」という先行情報は、普段よりも用心して接するなどといったセキュリティ的な効能があることは否定しません。

だから、そこは多少の注意をするとしても、親が子の様子をよく観察するにとどめておけば良いのではないかと思います(他人には他人の教育方針があるので私が他人の子育てをどうこう言いたいわけではなく、自分の子どもたちには、という意味です)。

それに、子どもにはどうでもいいことなのに、大人の方が余計な心配をしているということもあるかもしれません。

「投資」と「人間関係」の共通点

ちょっと話はそれますが、私は不動産投資家でもあるのですが、「人口が減少する日本での不動産投資は危険だ」という論調を目にすることがあります。

ここで違和感があります。日本といっても地方郊外もあれば、東京のような大都市もある。地方や郊外は確かに人口が減少し、家が余っている。一方、特に東京は日系・外資含め企業の本社が集中し、求人も多い。そのため職を求めて全国から人がやってきますから、人口は流入超過で賃貸需要は底堅い。

また、東京でも23区と都下は違うし、23区でも区によって賃貸事情は異なる。それこそ山手線駅の新橋と有楽町は隣り合った駅なのに風景が全く違い、さらに新橋駅でも虎ノ門側と汐留側では環境が異なり、賃貸需要も変わる。

そして同等の場所でも築年数が古く修繕費がかかる物件もあれば、インテリジェント対応で人気の物件もあり、賃料水準も安定度も収益性も変わる。

そうやって個別性を考察するのは手間も時間もかかるし面倒くさいわけですが、属性だけで判断するのは楽な一方、思考停止と同じですから、優良物件は掴めない。

つまり日本はどうこうなど、おおざっぱな属性だけによる判断では不動産投資の成功はおぼつかないわけで、それは人間関係にも言えるのではないでしょうか。

Next: 子ども時代の分け隔てのない交友関係が「成功の土台」になる

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