日銀の黒田総裁は10月8日の金融政策決定会合後の会見において、付利の引き下げに関する記者からの質問に対して、次のような回答をした。
「付利の引き下げについては検討しておりませんし、おっしゃるように近い将来考えが変わる可能性もないと思っています」(日銀の総裁会見要旨より引用)
この付利というのは、日銀の当座預金の超過準備に付けられた利子のことである。この総裁の発言が意味するところについて、あらためて考えてみたい。(金融アナリスト・久保田博幸)
日銀総裁が付利引き下げを否定した理由
日銀は銀行としての預金業務を行っており、金融機関、国、そして海外の中央銀行、国際機関などからの当座預金を受入れている。日銀の当座預金は決済手段として、現金通貨の支払準備として、さらに準備預金制度における準備預金として機能している。
金融機関に対して受け入れている預金等の一定比率(預金準備率、法定準備率、準備率)以上の金額を無利子で日銀に預け入れることを義務づけている準備預金制度でも、日銀の当座預金が使われている。
金融機関は預金者保護の立場から常に一定の余裕金を保有し、顧客からの預金引出しに備える必要がある。こうした余裕金のことを「準備預金」と呼んでいる。
この金融機関が日銀に預け入れなければいけない最低金額を法定準備預金額あるいは所要準備額と呼ぶ。2008年11月からは当座預金のうち、準備預金制度に基づく所要準備を超える金額(超過準備)に利子(付利)をつけるようになった(補完当座預金制度)。
昔の教科書には日銀の金融政策の手段として、公定歩合政策、公開市場操作、支払準備率操作(預金準備率操作)という3つがあると書かれていた。
準備預金制度は1957年に施行された「準備預金制度に関する法律」により、金融政策の手段として導入された。この準備率を政策的に変動させることによって、金融機関の支払準備を直接的に増減させ、金融機関の資金の運用などにも変化を与えることで、間接的ながら景気や物価にも影響を与えようとする手段である。
しかし、日本においては預金準備率の変更に関しては、過去にはほとんど金融政策の手段として用いられることはなかった。
現在の日銀の金融政策は、公定歩合から無担保コール翌日物の金利を政策金利として、公開市場操作(オペ)を使って上げ下げする政策へと移った。そして、政策金利が実質ゼロとなると、量的緩和政策や量的・質的緩和政策が打ち出され、金融政策の誘導目標が政策金利から当座預金やマネタリーベースという量に変更されたのである。
しかし、その量についても限界が見えつつあるなか、金融政策手段として、超過準備の付利を操作する手段が指摘されていたのである。
日銀の政策金利は無担保コール翌日物の金利ではあるが、厳密には政策金利は3つ存在している。基準貸し出し金利(ロンバート・レート)、政策金利である無担保コール翌日物の金利の誘導目標値、さらに超過準備に付利される金利である。つまり主要政策金利があって、その上限と下限を設定しているのである。
現在の日米欧の中央銀行では、このようなコリドー(corridor:回廊とか通路)と呼ばれる政策金利の上限と下限を設けている。つまり政策金利には上限と本来の政策金利と下限の3つが存在している。
ECBは2014年6月5日のECB政策理事会における追加緩和策の決定において、政策金利であるリファイナンス金利を0.1%引き下げ、0.25%から0.15%に。上限金利である限界貸出金利は0.4%に引き下げられ、下限金利であるところの中銀預金金利(預金ファシリティ金利)はマイナス0.1%し、マイナス金利となった。
このECBの例にもあるように、日銀の当座預金の超過準備の付利もゼロやマイナスにするという追加緩和手段が存在するのではないかというのが、付利引き下げを主張する人たちの考え方となる。
ところがECBが下限金利をマイナスにできたのは、政策目標を金利のまま維持させていたためである。たしかにECBは今年1月に量的緩和による国債買入を決定した。しかし、誘導目標はあくまで金利であり、量的緩和と言ってはいるが、日銀のように量を直接の金融政策のターゲットとしてはいない。
日銀がもし付利を引き下げるのであれば、マネタリーベースを増やせば物価が上がるという前提条件を変える必要がある。マネタリーベースを目標まで引き上げることができるのは、銀行などが付利のある超過準備に資金を置いておくためである。もしそれがなくなれば当然、超過準備分は減少し、マネタリーベースの目標を達成することは困難となってしまう。
このため日銀総裁は付利の引き下げについては、検討していないと否定せざるを得ないのである。
『牛さん熊さんの本日の債券』(2015年10月9日号)より一部抜粋
※タイトル、見出し、太字はMONEY VOICE編集部による
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