少なくなった国民年金人口、増え続けた厚生年金人口
国民年金保険料を支払う人は主に農家や自営業の人であり、日本の工業化のためにそのような田舎に勤めていた人がサラリーマンに転向して厚生年金に加入していきました。
そうすると国民年金の財政を支えていた人が少なくなるわけで、当然、国民年金財政は悪化していきます。
昭和61年3月31日までの国民年金と厚生年金は現在とは違って、完全に切り離された制度だったからですね。
さらに国民年金は始まった当初(昭和34年11月分)からはすでに70歳を超えていた高齢者には、全額税金で年金を支払うという老齢福祉年金がありました。
母子家庭の人や身体障害者の人がそれぞれ20万人で、老齢福祉年金受給者は200万人程いました。
また、国民年金が実生活に役に立つものであるよとアピールしたかったために、本来の25年でなくとも、せめて5年とか10年納めてくれたら年金を出します!という、いわゆる5年年金とか10年年金というものがあり、受給者の増加を促進しました。
実際に受給者が出ることにより、「ちゃんと年金支払ってくれるんだ。じゃあ保険料をちゃんと支払おう」という人が増えてくれるのを期待しました。
国民年金は当初から税金をふんだんに使ったり、受給者の発生を促進したりしたので、早い段階から国民年金の財政は成熟していきました。
それなのに国民年金を支える人口が厚生年金に流れていったので、余計に国民年金財政が危機に瀕したのです。
国民年金財政を救うための画期的な大改正の基礎年金
サラリーマンとして厚生年金に加入して働く人口が増え、国民年金を支える人口が少なくなっていったため、早い段階から国民年金財政は厳しくなりました。
昭和61年3月31日までの年金制度は、そのような産業の変化に連動するような弱さがあったわけです。
だから、転職したりして勤める産業が変わっても、国民年金財政に影響しない制度にしたかったわけです。
そこで導入されたのが基礎年金制度でした。どんな業種に勤めていようがすべての人を国民年金の被保険者とし、その上で厚生年金や共済年金に同時に加入してもらうという形ですね。
すべての人が国民年金に加入することで、すべての人が65歳からは共通の給付である老齢基礎年金を受給する。
どういうことかというと、国民年金の被保険者には1号、2号、3号がいますが、みんな共通して国民年金に加入しているから、国民年金の財源はみんなでお金を出し合おうねということです。みんなが共通して受給するものだから、業種に関係なくみんなでお金を出し合って国民年金を支えようと。
こうすることで国民年金は、人々が転職しようが、産業が斜陽化しようが影響しないものになり、安定するようになりました。