トランプ米大統領が4月2日に発表した高関税政策は、中国に対する封じ込め戦略の一環として世界経済を巻き込む激震を引き起こした。報復関税の応酬、株価の急落、アジア諸国への飛び火、そして中国国内の「ローエンド」産業の崩壊リスク……その先にあるのは、単なる経済摩擦ではなく、地政学と労働構造をも揺るがすグローバルな再編成のうねりだ。(『 勝又壽良の経済時評 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
トランプ関税の狙いは「中国の封じ込め」?
米国トランプ大統領は、4月2日(現地時間)に相互関税を発表した。相手国がかける対米関税を相殺すべく、米国も関税を引上げるというのが狙いだ。トランプ氏は、「2025年4月2日が米国の『解放の日』として永遠に記憶される」と話し、関税における失地回復が目的であるとした。米国の関税引き上げによって、相手国の「報復」を招く危険性も高く、世界が「関税の壁」に囲まれる異常な状況を迎えることになった。
すでに、世界の株価が激落しており、ひときわ米国が惨状を呈している。ダウ平均株価は、高値から15%もの落ち込みである。回復までには、5年程度の歳月が必要とも指摘されるほどだ。
米国が、これほどの渦に巻き込まれながら何を目的としているのか。それは、中国の封じ込めである。関税という「荒技」を仕掛けて世界を再編成し、米国陣営の立直しを狙っているのだ。
現状では、米国の「誤爆」の可能性も強いが、中国に対し新たに34%の関税を発表した。これまでの発表済みと合せると、実に54%もの関税になる。これは、中国経済にとっては死活的な問題になるはずだ。
中国企業が、2024年に米国へ輸出した5246億ドル(約76兆円)相当の商品は、大半が関税引き上げ対象だ。4月9日から適用される。今回の措置により、米国の対中関税率は、トランプ氏が選挙戦で公言していた60%に近づくことになる。昨年の米大統領選中に、60%関税が課された場合、中国のGDP成長率は2ポイント低下の可能性を指摘されていた。今回の54%関税は、これに近い影響を与えるであろう。
ブルームバーグ・エコノミクス(BE)のシミュレーションによると、60%の関税賦課により、米中貿易は事実上ゼロにまで縮小するという、極端な試算結果が出ている。現実には、そこまで酷くならないとしても、大きな影響は免れない。中国国営の新華社通信は、トランプ氏の関税政策について「自滅的ないじめ」と批判する論評を掲載した。
中国は、米国の高関税に対して即座に同率である34%の報復関税を発表した。米国の対中輸出額は、1,636億ドル(2024年)である。中国の輸出額の方が3.2倍にもなる。中国は米国へ同率の報復関税をかけたが、損害額は米国の3.2倍にも達するはず。それでも、報復したのは内外に対して「強い中国」を演出するためだ。大きな代償を払うのは、まさに負け戦覚悟の「特攻隊精神」に基づくものであろう。習近平氏は、メンツを賭けての戦いを挑むのである。
台湾包囲演習が仇に
米国が、ここまで踏み込んできた背景には、中国が軍事力を誇示して、台湾侵攻を予想させるような演習を続けていることも挙げられる。
中国海軍は4月2日、台湾周辺で2日連続の演習を行った。訓練区域を東シナ海にも広げた。対立する頼清徳政権や米軍への威嚇が狙いとみられる。
トランプ政権は、こうした演習を極度に警戒する。米国務省は4月1日の声明で「中国の台湾に対する攻撃的な軍事活動と言辞は緊張を悪化させ、地域の安全と世界の繁栄を危険にさらすだけだ」と非難した。声明は、「米国は台湾海峡の平和と安定を支持し、武力や威圧による一方的な現状変更に反対する」とけん制。「中国の威嚇戦術や不安定化する行動に直面しても、米国は台湾を含む同盟国・パートナーへの永続的な関与を維持し続ける」と言明した。
中国は、実弾演習も行い空母「山東」を演習に加えるなど、台湾政府への軍事威圧を加えている。米国は、これまでにない強い調子の非難声明を出したのだ。
中国は、あえて相互関税発表のタイミングを狙い米国を牽制するつもりであったのだろう。この思惑は、完全に外れ、自らを窮地に追い込む結果になった。中国は、相手構わずに「威嚇」することで、相手が怯むと思っている。「武力への信仰」が、異常なまでに高まっている。中国は今や、「飛んで火に入る夏の虫」という趣になったのだ。