米国の鉄鋼大手・USスチールが、日本製鉄の完全子会社となりました。約2兆円の大型買収劇は、 バイデン前大統領の禁止命令やハリス前副大統領の反対表明、労働組合の抵抗などにより難航していましたが、国家安全保障協定を結ぶことで最終的に承認。買収によって日本製鉄は世界第3位の鉄鋼メーカーに浮上し、米国内の販路と生産力を手に入れることに成功しました。しかし、米政府が「黄金株」によってUSスチールの経営に強い影響力を残すなど、前例のない“条件付き買収”とも言える今回の合意は、果たして本当に「ウィン・ウィン」だったのでしょうか――。(『 らぽーる・マガジン らぽーる・マガジン 』原彰宏)
※本記事は、『らぽーる・マガジン』 2025年6月23日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会に今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
日本製鉄が米鉄鋼大手「USスチール」を買収完了
日本製鉄はアメリカの鉄鋼大手、USスチールを完全子会社化し、買収を完了したと発表しました。
アメリカ政府の承認をめぐって難航した2兆円規模の買収計画が決着し、日米の鉄鋼大手の大型再編が実現しました。
USスチールの普通株式を100%取得する形で完全子会社化したと発表しました。
企業同士の買収協議が合意に達したものの、バイデン前大統領が買収案に禁止命令を出し、カマラ・ハリス前副大統領(のち民主党大統領候補)も買収に反対を表明、当時トランプ大統領も買収には否定的でした。
アメリカを代表する企業が日本の一企業に買収される……情緒的に、感情的に許されないという空気感もあったのでしょう。さらには、大統領候補者全員が日本製鉄の買収案に反対したというのは、USスチールの本社がペンシルべニア州ピッツバーグにあるということが関係しています。
ペンシルべニア州は、毎回大統領選挙における激戦州であり、大統領選挙の勝敗を左右する州“スイング・ステート”であることが影響しています。“ラストベルト”と呼ばれ、労働者が多い州でもあります。
さらに、USスチールの労働者も所属しているUSW全米鉄鋼労働組合が、日本製鉄によるUSスチール買収に反対を表明したことも、民主党の大統領候補であるバイデン前大統領やハリス前副大統領の態度を動かしたと言えそうです。
なぜ日本製鉄が買収?
日本製鉄(NIPPON STEEL CORPORATION)は、従業員10万6,000人、総資産約10兆円の、まさに日本を代表する大企業です。「日本」の読み方は「ニッポン」です。
余談ですが、日本の電力使用量の約5%を、日本製鉄1社で使っているのだそうです。
かつて日本製鉄は、経営が大ピンチでした。2020年3月期決算は4,300億円の赤字、これは過去最大になります。それがV字回復して、2023年3月期決算は6,300億円の黒字、3年間で1兆円も営業利益が増えたのです。
構造改革があってのV字回復です。改革の中身は、「リストラ」と「値上げ」です。
一方、USスチールは、米国内では粗鋼生産量で第2位の鉄鋼会社です。過去の栄光は虚しく、2024年9~12月期決算は、137億円の赤字となりました。売上は前年比15.3%減の日本円で5,400億円、最終赤字となるのは4四半期ぶりです。
日本製鉄、USスチールともに、世界競争力強化が最大の課題です。
日本は人口減少の国なので、日本国内でこれ以上の販路を切り開くには限界があります。鉄鋼業界に限らず、業界として成長するうえでも海外に進出して販路を拡大せざるをえません。
海外で成功することが、日本企業にとって生き延びる最大の手段であることは間違いありません。
世界鉄鋼地図で言えば、ダントツ“トップ”の粗鋼生産1位は中国の企業「宝武鉄鋼集団」で、2位はルクセンブルクに本社車を構える「アルセロール・ミタル」、そしてインドには複業企業である「タタ・グループ」があります。全米2位のUSスチールも世界では27位、日本製鉄は4位に位置しています。
両者合併すれば、一気に世界3位に上り詰めます。
米国内での販路を切り開くには、USスチールの、米国内で高炉8基、電炉5基の生産能力は魅力的です。これに日本製鉄の高い技術力が掛け合わされれば、世界競争にも立派に太刀打ちすることができます。
いわば「ウィン・ウィン」の買収計画なのです。
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