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一人っ子政策廃止は「朗報」か?中国メディアが報じない人々の本音=ふるまいよしこ

「一人っ子政策」という黒歴史

一人っ子政策は、政府がこれまで持ち上げてきたその華々しい成果の裏に、多くの「黒歴史」がある。

「一胎上環二胎礼、計外懐孕堅決刮」は、「一人を生んだら(女性は)避妊リングを、2人目を身ごもったら(男性が)パイプカット手術を、計画外妊娠は厳しく中絶」という意味だ。このような基本政策が中央政府から各地の政府へ、そして街道委員会などの各住宅を見張る町内会にまで伝えられ、実施されてきた。

『財新網』の報道によると、米ウィスコンシン大学の研究者が中国の衛生統計年鑑をもとに計算したところ、1980年から2009年までのあいだに中国では2.75億件の人工中絶手術が行われたことになるという。また、国勢調査の結果から推算して、この30年間に5.44億人の子供が生まれており、つまり「中国では胎児3人のうち、1人が人工中絶に遭っていた」とする。

さらに、人工中絶に関してこれまでためてきた資料を探していたら、2012年にこんなツイートをメモっていたのを発見した。

今日、妻が避妊リングを付けるのに付き添ったら、人工中絶の手術を目にした。人生で最も衝撃的な場面で、足がガクガクになった。残忍すぎる。非人道だ。将来もし子供ができたらやっぱり産もう、絶対に人工中絶などしないぞ、と心に決めた。
出典:https://twitter.com/njhuar/status/211281280904601602

一人っ子政策が引き起こしたのは、こうした胎児とその家族に対する傷ばかりではない。2011年には『財新網』が発行する雑誌『新世紀』(当時)に衝撃的な記事が掲載された。

湖南省邵陽市下の農村で、計画出産の徹底を担当する計画生育委員会(以下、計生委)が、出稼ぎに出た親の代わりに孫を育てている老人宅から「計画出産に違反した」と孫を強制的に連れ去り、福利院(孤児院)に収容させる例が頻発していたというのである。

その福利院では熱心に海外(主にアメリカ)との養子縁組を進めており、集められた子どもたちは定期的に養子を求めて訪れる外国人に紹介され、貰われていく。もちろん、養父母はそれなりの謝礼を福利院に支払う。

その村の計生委は、その謝礼を目当てに、両親が出稼ぎに出て老人が孫の面倒を見ている家に目をつけて、「政策違反」を理由に子供たちを取り上げ、福利院に送り込んでいた。目をつけられた子供達の多くがその家庭にとって一人っ子であったにも関わらず、だ。知らせを受けた親たちが飛んで帰ってきても、あの手この手でそれを遮り、子どもたちに会わせなかったという。

この記事をたれこみを受けて何年も一人で取材して書き上げたパン皎明・記者はその後、アメリカ側の養子縁組機関の協力により、中国の両親が必死になって探す子供たちの一部が、アメリカの家庭で大事に育てられていることを突き止めた(パン皎明・記者の「パン」はマダレに「龍」)。

孤児だと思って引き取った、米国側の養父母も動揺を見せ、中には連絡が取れないように引っ越してしまった家庭もあったという。中国側の親は「返してほしい」と主張する者もいれば、「このまま中国で暮らすより幸せになれるかも」と涙ながらに子供を諦めた者もいた、とパン記者から聞いた。彼はまだ見つかっていない子どもたちの追跡調査を諦めていないが、すべてを解明しても皆が幸せになれるとは限らないと言葉を曇らせる。

国の政策によって与えられた権力をカサにきた、こうした事例は一つの個別ケースではないはずだ。だが、こうした事例が世にでるのは難しいのも事実である。

わたしも今回の「2人目出産全面解禁」の発表に一番に思ったのは、厳しい一人っ子政策で心や体に傷を負った親たちのことだった。

2人目を強制的に流産させられた人。あるいは強制的に避妊措置を受けさせられた後、一人目の子供を失った人。体力的には2人目が産めるはずなのに、すでに避妊手術をうけ(させられ)てしまった人…彼らはどんな思いで今回の発表を聞いたのだろうか。

政府は今のところ、これまでに2人目、3人目を産んで、罰金を払わされている人たち、あるいは職場を追われた人たちについての処遇には全く触れていない。2人目の出産がネックになり、一人目の子供が就学差別を受けている例も少なくないのだが、それらに対してはなんの発言もないままだ。

そして、悪名高かった、この計生委も役目を終えることになる、と言われている。

報道によると、政府によって権力を与えられていたこの計生委は、末端行政区域に至るまで100万人を超える大規模集団だという。これらの人たちの就業をいかに国は確保していくのか、それはまた「2人目解禁」における、もう一つの課題だ。

(邵陽市の福利院に関する報道はその後、『The Orphans of Shao』として英語で書籍化されている。現時点では中国語の報道は『新世紀』のバックナンバー記事以外発表されていない。なお、この事件を取材したパン記者はその後、当局のさまざまな取材妨害に遭い、身の危険を感じて中国を離れた。現在香港で『明報』中国担当記者として働いている)

Next: 30年以上も徹底されてきた社会通念の壁。「2人目解禁」への現実

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