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最高裁“合憲”判断の「夫婦同姓」を攻撃する内外メディア、日本人はどちらを選ぶのか=鈴木傾城

2021年6月23日、最高裁は「夫婦別姓を認めないのは合憲」という判断を下した。夫婦同姓というのは、ライフスタイルの変化で捨てられるほど軽いものか、それとも文化に組み込まれて何があっても変わらないものなのか。多くのメディアが夫婦同姓を攻撃するようになっているが、果たして日本人はどちらを選ぶのだろうか。(『鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編』)

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プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、主にアメリカ株式を中心に投資全般を扱ったブログ「フルインベスト」を運営している。

いま「夫婦同姓」が激しく攻撃されている

都内の3組の事実婚の夫婦が、2018年に夫婦別姓での婚姻届を受理するよう求める審判を申し立てていた。「別姓を認めない民法と戸籍法の規定は、男女の平等などを定めた憲法に違反する」という主張だった。

2021年6月23日、最高裁は「夫婦別姓を認めないのは合憲」という判断を下した。「憲法に違反しないという判断を変更すべきとは認められない」と大谷直人裁判長は述べている。

マスコミは「夫婦別姓を認めよ」とずっと報道していた。たとえば、2019年8月30日、沖縄の琉球新報なども「選択的夫婦別姓」制度の法制化を目指そうとする市民の動きを特集していた。

「価値観が多様化する社会の中で、どちらかが姓を変えないと結婚できないのはおかしいのではないか」

それが、記事の骨子であり、そうした市民の声を紹介している。

毎日新聞の地方版も、この記事の2日前に「夫婦別姓、自然な選択」という記事で、慣れ親しんでいる姓を強制的に変えられるのはおかしいと断じている。

「TOKYO MX」も朝の番組で、とあるIT企業の社長を呼んで、「結婚時に夫婦別姓を選ぶことができない戸籍法の規定は憲法に反している」との主張を取り上げている。このIT企業の社長はこの主張で国を訴えたのだが、2019年3月に請求を棄却されている。

朝日新聞系のハフポストも以前から「選択的夫婦別姓」を支持していて、「裁判所内にも、別姓を求める声がある」みたいな記事を書いていた。

実は日本の法律である民法750条は、「夫の姓を名乗るべし」とは書かれていない。「夫または妻の名を名乗るべき」としていて、男が妻の姓を名乗ってもいい。

婿養子はそういった例のひとつであるが、それは特別な例であると言われている。つまり、結婚したら、日本女性はほぼ全員と言ってもいいほどの比率で、夫の姓を名乗ることになる。

しかし今、この夫婦同姓を、マスコミや左翼やリベラルやフェミニストたちが激しく攻撃している。

夫婦別姓を主張する人たちの理由とは?

日本では1996年頃から夫婦別姓の議論が高まった。当時の共産党や社会党の政治家たちが、「なぜ、この時代に夫の姓に入るのが強制されているのか?」「これは男女差別だ」と言うようになって、夫婦別姓を強く主張したのだ。

「中国や韓国を見よ。夫婦別姓ではないか。日本もそうすべきだ」

そのように訴えていた政治家や市民や評論家もいた。この夫婦別姓については、賛成・反対共に激しく感情的な議論が日本で戦わされている。

日本では明治以降は伝統的に夫婦同姓だったが、これをあえて夫婦別姓にしたいという人々は、どういった理由でそれを主張しているのだろうか。

いくつかの理由があるのだが、代表的には以下の理由となっている。

「女性は、親しんでいた名前を失い、自己喪失感を感じる」
「女性は、名前を消失した違和感が生じる」
「女性が夫の名前に変えられるので不平等感がある」
「まわりに名前が変わったことを通知する面倒がある」
「今までの名前が使えず、社会的実績が途絶える」
「離婚・再婚のたびに、名前が変わってしまう」
「名前が変わることで結婚生活の破綻が知られてしまう」
「夫の家に、自分が吸収された感じがしてしまう」
「中国でも韓国でも夫婦別姓が当たり前」

かつて、社会がまだ男尊女卑で厳格だった時代では、このようなことを言う雰囲気でもなかった。

もしかしたら昔の女性も同じような感覚を持っていたのかもしれない。だからと言って、夫婦別姓を言い出す女性はいなかった。

今と昔が違うのは、今は女性にも多くの権利が与えられるようになって、男女平等という概念も浸透し、自由恋愛も、離婚も珍しいものではなくなったということだ。

それによって、上記のような感覚を持つ女性が非常に増えており、それが表側に出てくるようになったということである。

Next: 「世界でも異例」という主張の矛盾。日本には日本の文化がある

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