株価を下支えする「一発のでかさ」と「安定配当」
7兆円の買収金額のおよそ半分は武田の自社株によりまかなうとしています。新規に株式を発行し、買収先であるシャイアーの株主に渡すというものです。すべて現金で支払うと財務的な負担は測り知れないため、株価が高いときには有効な戦略と言えます。
武田の株価は高止まりが続いています。PERは30倍前後で推移してきました。上に挙げたメガファーマ3社がいずれも20倍前後、国内業界2位のアステラス(4503)が15倍ですから、割高感は否めません。
製薬会社の価値は、確かに直近の利益だけでは判断できない部分があります。もしブロックバスターが開発できれば、業績が急激に向上する場合があります。
例えば、高額医療費でも問題になったがん治療薬のオプジーボを販売する小野薬品工業<4528>は売上高が倍増し、株価も一時急騰しました。

小野薬品工業<4528> 週足(SBI証券提供)
会社規模が小さいほど、一山「当てた」ときの効果が大きいため、投機的な資金が流れ込みやすくなります。バイオベンチャーなどが良い例です。だからこそ、単に直近の業績だけでは判断が難しい部分があります。
ただし、武田はそこそこの規模があり、いまのところ目立った大型新薬があるわけではありません。そうなると、株価を支えているのはもう一つの要因の方が大きいと考えられます。それは配当です。
安定配当を維持した結果、過去4期は純利益以上に配当を出す「タコ配」が続いています。それでも、自己資本比率は40%超と危険領域とは言えず、安定配当が続く限り高い配当利回りが見込めるため、会社のブランド力も手伝って一定の買いが入るのです。
現時点においても4%近い配当利回りがあり、株価を下支えしています。
財務体質悪化で減配となれば、大幅下落は避けられない
それでは、安定配当を目当てに、株価が下落した今投資すべきかというと、決してそんなことはないと考えます。
この買収が成立しようとしまいと、武田は厳しい状況に立たされていることに変わりはありません。そして、成立しなければ大きな変化はありませが、成立すると劇的な変化が訪れます。
買収資金の半分を自社株の割当で調達するとしても、残りの半分の3兆円は現金で支払う必要があります。そんなお金は持っていませんから、大部分を借入により調達する必要があるでしょう。
借入金利が2%だとすると、3兆円に対する金利は年間600億円です。ドル金利は上昇中であり、3%になると900億円にも上ります。これは、武田の税引前利益1,400億円に対するインパクトは甚大です。
また、シャイアー自身も買収により規模を大きくしてきた会社のため、2兆円の有利子負債があります。現在の武田の有利子負債は1兆円であり、両社を合計すると6兆円もの金額になり、金利上昇リスクは測り知れません。
買収にともなうのれんも大きなリスクです。武田ののれんは1兆円、シャイアーは2兆円です。7兆円で買収するとさらに3兆円ののれんが追加される見通しであり、合計でこちらも6兆円となります。のれんは買収した会社の収益力が落ちた場合に膨大な特別損失を発生させます。
すなわち、買収により財務体質的にはリスクまみれになってしまうのです。そのリスクを解消するためには、結局新薬の誕生に賭けるしかないのです。
もし財務体質が悪化すれば、現在の配当を維持するのは難しくなるでしょう。そもそも利益以上の配当を行っていることから、継続性に大きな疑問符が付きます。
減配するようなことがあれば、これまで株価を支えていた株主が一気に離れて、大きく下落してしまうことは想像に難くありません。
もちろん、買収や新薬開発が実を結び、業績が大きく向上する可能性もゼロではありません。経営陣も、そう思っていなければリスクの高い買収など行わないはずです。しかし、見れば見るほど追い込まれた末の買収であり、この成功に賭けるのはギャンブルとしか言えません。
この買収が、偉大な名門企業の「終わりの始まり」にならないことを祈るばかりです。
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『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2018年4月30日号)より
※太字はMONEY VOICE編集部による
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。