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トルコリラ・ショックはなぜ起きた? 新興国通貨投資に隠された危険性=俣野成敏

【トルコリラ・ショックが起きた背景】

内戦が続くシリアやイラク、イランなどと国境を接しているトルコは、イスラム教徒が人口の大半を占めているものの、「世俗主義」という政教分離政策を取っています。かつて、トルコは13世紀末より興ったオスマン朝イスラム帝国として、中東、東欧、バルカン半島に至る広大な大帝国を築きました。しかし、17世紀に入る頃には徐々に国力が弱体化します。

19世紀になると、オスマン帝国は衰退。第一次世界大戦に敗北し、存亡の危機に直面します。ところが、抵抗運動を指揮したケマル・アタチュルク氏らによって列強の影響力を駆逐することに成功し、1923年、トルコ共和国が成立します。もともとオスマン帝国の将軍だったアタチュルク氏は、帝国が列強諸国によって解体されたのを目の当たりにしたことから、宗教を政治に介入させない近代国家を目指し、その思想は軍人たちの間で共有されました。

第二次大戦後、当時のソ連と国境を接することになったトルコは冷戦の最前線基地となり、また冷戦終結後は中東紛争の重要な拠点として、西欧諸国との関係を築いていきました。しかしこうした複雑な地域での国家運営は決して生易しいものではなく、不安定な国政や度重なる軍事クーデター、近隣諸国との軋轢や民族紛争など、常に対立や混乱が付きまといました。

政変やクーデターが続いていたトルコで、安定政権の樹立に成功したのが、現トルコ大統領のレジェップ・エルドアン氏です。2002年に氏が率いる公正発展党が単独与党の座を獲得するや、落ち込んでいた経済の立て直しに着手しました。2004年にEU加盟交渉国となった同国は、加盟条件であるコペンハーゲン基準に則って法改正等を進めます。これによって欧米諸国の信頼を得たトルコには、海外からの投資も相次ぎ、経済も大きく発展しました。

しかし、公正発展党はもともと親イスラム政党であり、政教分離を快く思っていなかったエルドアン氏は、トルコでは禁止されたイスラム女性のスカーフ着用を許可するなど、政教分離を守ろうとする軍部との対立が次第に鮮明になっていきます。2016年、氏の追い落としを狙った軍事クーデターが失敗。理由は、公正発展党による低所得者対策などが功を奏し、国民がクーデターを拒否したからでした。

最近、ニュースで度々その名を聞く宗教指導者、フェトフッラー・ギュレン師は、かつてエルドアン氏の盟友でした。ギュレン師の始めたギュレン運動とは、イスラムの教えを信奉する集団を育成するもので、師の信奉者は軍や政府内にも複数いて、その力は侮れないものがありました。エルドアン氏は、師が2016年のクーデターに関わっていたと見て、現在、アメリカにいる師の身柄引き渡しを求めています。

トルコとアメリカが不仲になった原因は…

もともと、現在のトルコとアメリカの不仲は、クルド人問題に端を発しています。クルド人とは、主にトルコ、イラン、イラク、シリアに分かれて暮らしている少数民族のことです。トルコ国内では、クルド人に対して同化政策が進められ、彼らの武装集団はテロ組織と認定されています。

ところがアメリカは、内戦の続くシリア北部に起こったイスラム国(IS)の掃討作戦を行うに当たり、クルド人武装勢力と手を結ぶことを選びました。最近、ロシアや中国に接近しているトルコと、アメリカの対立は簡単には収まりそうもありません

ここまで、ざっとトルコの歴史と現状を振り返ってみました。公正発展党が国家運営を始めた最初の数年間は、欧米諸国との関係も比較的良好で、それによって経済政策も上手くいき、同国は「イスラムと民主化両立の成功例」として賞賛されました。

しかし今のエルドアン氏は、次第に独裁色を強めています。海外投資の多くは引き上げられ、治安の悪化と共に海外からの訪問客も激減。憲法を改正した氏は今後10年間、大統領職を務める予定です。

Next: 海外投資で考慮すべき大事な指標とは? 表面的なものに騙されないために

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