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マイナス金利で得する人、損する人=経済学者・青木泰樹

さて、上述のことを予備知識として、次に今回の日銀によるマイナス金利の導入がリフレ派のこれまでの論理と矛盾することについて説明しましょう。

一般に、金融政策の手段は、「伝統的(金融政策)手段」と「非伝統的手段」に大別されます。
前者はインフレ状態の経済を前提に、「政策金利(短期金利)の操作」によって景気の微調整を図ることを目的とするものであり、後者はディス・インフレもしくはデフレ状態の経済を前提に「金利操作以外の手段(例えば量的緩和)」を用いるものであります。

簡単に言えば、「政策目標が短期金利の水準か、それ以外か」ということです。
米国の連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)は、共に金利操作を目指していますから伝統的手段の立場です。
2014年6月にECBはマイナス金利を導入しましたが、それは短期金利の下限を下げ、市中銀行の融資を促す目的でした(域内諸国の貸出金利にまだ低下余地があると判断したのでしょう)。

これに対し日銀は、長らく短期金利が実質的にゼロ金利状態であり、名目金利を操作することができませんでした。
かつ十数年間におよぶデフレ不況状態でしたから、デフレ脱却のためにリフレ派の理屈(1997年のポール・クルーグマンの提唱した考え方に基づく学説)に立脚した非伝統的な量的緩和政策が実施されたことは、皆様ご存じのとおりです。

もちろん、FRBは2014年10月まで量的緩和を実施していましたし、ECBは2015年3月以降実施しておりますから、非伝統的手段も併用してきたというべきかもしれません。
しかし、両者にとっての量的緩和政策(正確には「バランスシート政策」)の意図は、日銀のそれとは異なっています。

FRBは、長期債を買う量的緩和によって長期金利を押し下げようとしたのです(短期金利だけでなくイールドカーブ全体を押し下げるため)。
またECBは、ギリシャをはじめとする南欧諸国の国債暴落不安を解消し、かつ域内の金利低下を促すために量的緩和を行っていますが、それはバランスシートを以前の水準(2012年3月の3兆ユーロ)まで戻そうとしているだけで、決して物価が上昇するまで無制限にという話ではありません。
日銀のように量的緩和によって物価を上昇させることを意図したものではないのです(結果的に上がれば儲けものと思うくらいでしょう)。

FRBやECBの中に、「インフレ期待の上昇」をベースマネーの増加で内生的に生み出せると考えるリフレ派はいないと思います。

日銀のリフレ政策の根幹は、フィッシャーの方程式(実質金利=名目金利-期待インフレ率)を前提に、「たとえ名目金利がゼロ以下にならないとしても、期待インフレ率を上げる方策があれば実質金利は下げられる。期待を変える方策こそ、2%インフレ達成まで日銀がベースマネーを増加させることをコミットメントし、かつ実行することだ」というものです。
すなわち、「期待」のチャンネルを通じて実質金利を引き下げるのがリフレ政策です。
「名目金利に触(さわ)らずに、実質金利だけ下げる」のです。
この理屈からすると、コアCPIが0%近辺で停滞していることは痛いのです(インフレ期待が盛り上がっていない証拠ですから、リフレ経路が機能していないことを意味します)。

実際の効果としては、年間80兆円の国債買い取りによって、(FRBのしたことと同じように)長期金利は下がりました。
しかし、企業の設備投資意欲は一向に盛り上がりません。
本来、黒田総裁は、不確実性の世界で予想実質金利が多少下がったところで、企業経営者は実物投資を増やさないという現実経済における当たり前の事実を認識すべきなのです(リフレ派の方達も含め)。

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