米政府「債務上限引き上げ」問題
次に金融危機の引き金として懸念されているのは、アメリカ政府の債務上限引き上げ問題である。
ちなみに債務上限とは、米連邦政府が国債発行などで借金できる債務残高の枠のことだ。債務が法定上限に達すると、政府は議会の承認を得て、上限を引き上げる必要があるが、引き上げられないと、国債の新規発行ができなくなり、債務不履行(デフォルト)に陥る。アメリカでは金融危機後に債務が膨れ上がり、財政健全化を求める共和党の声も多いことから、ここ数年、債務上限の引き上げは政治問題となっている。
過去、債務上限の引き上げで紛糾したのは、2011年、2013年、2015年だった。2011年には8月2日に債務上限引き上げに関する法案が、ぎりぎりのところで成立したものの、米格付け会社「スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)」は、8月5日に米国債の格下げを発表し、市場に大きな動揺が広がった。また2013年は、10月16日に暫定予算および債務上限に関する法案が成立し、瀬戸際でデフォルトが回避された。
しかしいま、トランプ旋風で混乱した2020年の大統領選挙以降、国民の分断は一層激しくなり、それを反映して民主党と共和党の対立は以前とは比べられないほど深刻化している。デフォルト直前まで突き進んだ2011年や2013年のオバマ政権のときよりも、対立は激化している。
このため、債務上限の引き上げが最終的に否決され、デフォルトに突き進む可能性も否定できない状況だ。
否決されると金融危機へ
法案は、民主党が過半数を握る下院では可決されたものの、民主・共和両党が各50ずつで議席を二分している上院では、議事妨害を避けて法案を可決するには60票が必要となる。しかし民主党は、これを確保できるメドはまったく立っていない。
このような状況を受け、イエレン財務長官は、10月18日までにアメリカが資金不足に陥るリスクがあると警告した。これまでの債務上限問題の経験から、ギリギリまで待っていると、企業や消費者の信頼を著しく損ない、米国債の金利が上昇し、今後数年間にわたってアメリカの信用格付けに悪影響を及ぼす可能性があるとした。
また、不確実性の高まりが金融市場を不安定にして投資家の信頼を損ねるため、迅速な行動を取らなければ、金融市場に大きな混乱を招く可能性があるとイエレンは警告している。
さらにウォールストリートのアナリストは、債務上限を引き上げられなかった場合、2008年のリーマンショックよりも経済に壊滅的な打撃を与える可能性があり、あの暗黒の時代から13年間で得られた経済的利益のほとんどが無駄になるだろうという。そのような結果になれば、米国政府は閉鎖を余儀なくされ、週に65億ドルの経済効果が失われる。また、経済全体を揺るがす思わぬ悪影響も発生する可能性もある。
「恒大集団」は危機にはならない
この2つが、いま日本の主要メディアなどでこれから金融危機の引き金になる可能性が懸念されている事態である。
特に中国の「恒大集団」の破綻は、中国発の世界的な金融危機のきっかけになるかもしれないので、注目度は大きい。
また、アメリカの債務上限引き上げ問題の行方も、どの主要メディアも固唾を飲んで見守っている。このような状況を悲観して、29日にはニューヨークダウや日経は大きく下げた。
しかしこれらが、これから金融危機の引き金になるとは、ちょっと考えられない。
一般的に危機の本格的な引き金になるような事態は、誰も想像だにしていなかった「ブラックスワン」的な出来事であり、「恒大集団」の破綻や債務上限引き上げ問題のように、危機の発生があらかじめ予測できるような事態ではない。危機が予測できる場合、それが起こらないように事前に対処されてしまうので、実際には危機は回避される。
そのように見ると、すでに「恒大集団」の問題は危機を回避したソフトランディングに向けて動いている。9月23日、「恒大集団」は償還期限を迎える人民元建て債券の利息支払い3,600万ドルについて、「決済機関との交渉により解決した」との報告を行った。
今回の発表は、同社の債務問題を解決するものではないが、国内の社債権者との間で支払いのリスケジュールが合意されたことを示すものと思われる。
また、これは経済全体に影響を与えることなく、「恒大集団」の問題を解決するための戦略の始まりでもある。「恒大集団」は投資家と話し合いを始めたほか、一部の地方政府も事態の収拾に乗り出した。国や党が、未完成の不動産開発を含む「恒大集団」の資産を買収すれば、同社の問題が中国の金融システム全体に影響を与えることはないだろうと見られている。